編集部は原稿をチェックするものだ

 今月、日本推理作家協会の会員になった。

 前から入会はしたかったんだけど、そもそもミステリ書いてないしなあ……という負い目があって、なかなか言い出せなかった。実際にはミステリ作家ではない人も大勢入会してるんだけど、個人的なこだわりというやつである。

 今度、『僕の光輝く世界』を上梓したのをきっかけに、これで胸張って入会できると、知り合いの芦辺拓さんに頼んで、入会させていただいた。

 だもんで、21日(水)、東京・新橋の第一ホテルで開かれた協会の総会、および日本推理作家協会賞の受賞パーティに行ってきた。

 ちなみに今年の日本推理作家協会賞は、長編および連作短編集部門が恒川光太郎さんの『金色機械』(文芸春秋)、「評論その他の部門が清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』「(新潮社)と谷口基さんの『変格探偵小説入門』(岩波書店)。『金色機械』はSF的で面白そう。これから読みます。

 日本推理作家協会、何しろ初めてなもんで、誰が誰やらぜんぜん顔が分からない(笑)。もともと僕は相貌失認があって人の顔が覚えられないんである。編集さんも5回ぐらい会ってようやく顔が覚えられるぐらい。だもんで、こういうパーティではとても困る。できれば角川の新年パーティみたいに名札つけてほしいんだけど。

 当然、まわりのミステリ作家さんたちも、新参者である僕の顔なんか知るわけがない。パーティ会場で声をかけてくるのは、知り合いの編集さんばっかりである。

 第一ホテルだけあって、料理はすごく美味。パーティ代の元を取ろうと食いすぎで、腹いっぱいで苦しくなった(笑)。

 パーティ会場で会った、某大手出版社○○社の担当編集さんと話しているうち、『美味しんぼ』の話になった。

 その担当さんはかつてマンガの編集も手がけていたんだけど、「前回の『美味しんぼ』を読んで血の気が引きましたよ」「○○社ではあんなことはありえません」と力説する。原作が上がってきた時点で、問題が起きないよう、事実かどうか確認するのが普通だと。そりゃそうだよなあ。

 世間では、「雁屋哲のような巨匠に向かって、『先生、これは間違ってるんじゃないでしょうか』と言い出せなかったのでは」と言っている人もいるけど、それとこれとは別でしょ。いくら相手が大物でも、ちゃんとチェックしなくちゃ。何のための編集なのか。

 いい機会なので、編集や校正の人たちが、普通はどんなチェックをやってるかを説明しておこう。

 今、東京創元社の『Webミステリーズ!』で連載している『BISビブリオバトル部』。今、第4回までアップされている。 無料で読めるので、興味のある方はどうぞ。

http://www.webmysteries.jp/special/biblio-01.html

 第3回で、『もしも月がなかったら』という本のタイトルを出した時、僕は原稿で、うっかり著者名を「ニール・R・カミングス」と誤記していた。SF作家のレイ・カミングスの名が頭にあったからだろう。ゲラで校正者から、正しくは「カミンズ」だと指摘されたので訂正した。 他にも、作者名や書名の誤記を指摘されたことは何回もある。

 つまり校正者は、あの作中にたくさん出てくる本のタイトルと著者名を、正しいかどうかいちいち全部チェックしてるんである。頭が下がる。

 もちろん東京創元社だけじゃないし、指摘されるのは誤記や誤字だけではない。『僕の光輝く世界』では、編集者からトリックの穴を指摘されたんで、ゲラで修正してる。

 今でも印象に残っているのは、『神は沈黙せず』で南京大虐殺を取り上げた時のこと。微妙な問題だからというので、角川書店から、資料として用いた南京関連本をすべて提出するように命じられた。僕の作中の記述に間違いがないかチェックするためだ。ええ、送りましたとも、引用した本すべて、引用箇所に付箋つけて。

 その結果、僕が資料を書き写す際に人名の漢字を間違えていた箇所が発見されたものの、内容にはまったく間違いがないと確認されて、出版に至った。

 本を出すことができるのは、こんな風にちゃんとチェックしてくれる人たちがいるからこそだ。

 まあ、そういうチェックをやってても、たまにミスが活字になっちゃうこともある。そういうのは読者から指摘があれば、増刷分もしくは文庫版で書き直すようにしている。 実際、『神は沈黙せず』も、間違いを指摘された箇所は文庫で訂正している。

 参っちゃったのが、この前、『MM9』を読み返していて、ある箇所で大きなミスをやってるのに気がついたこと。もう文庫も出てて、この前、新たに増刷も出たってのに! 今まで、編集者はもちろん、読者からも指摘なかったなあ……。

美味しんぼ』問題で不思議なのは、どうも『スピリッツ』編集部は、マンガの内容が正しいかどうか、事前にチェックしなかったらしいということ。

 福島県がこんなコメントを出している。

週刊ビッグコミックスピリッツ美味しんぼ」に関する本県の対応について

http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/01010d/20140512.html

> 4月30日に出版社より本県に対して、「[5月19日発売号]において、漫画の誌面では掲載しきれなかった様々な意見を紹介する検証記事を掲載する」として、次の3点に関する取材又は文書回答を求める依頼があり、さらに、5月1日には[5月12日発売号]に掲載する「美味しんぼ」原稿の送付がありました。

> (出版社から取材依頼のあった事項)

>  ・「美味しんぼ」に掲載したものと同様の症状を訴えられる方を、他に知っているか。

>  ・鼻血や疲労感の症状に、放射線被曝(※依頼原文では「被爆」)の影響が、要因として考えられるかどうか。

>  ・「美味しんぼ」の内容についての意見

 つまりマンガの原稿が完成した後で、同様の症状を訴えている人がいるかどうかを、福島県に訊ねているのだ。

 順序、逆じゃん!

 普通、原作が上がってきた段階で、本当にこんなことがあるのかと、チェックするんじゃないの?

 先に紹介した○○社の編集さんは、その記事を見たとたん、すぐ日数を計算して、「たとえ福島県から間違いの指摘があったとしても、発売前に訂正するのは間に合わない」と結論したという。つまり、指摘されたって最初から直す気がなかったということだ。

「大阪で、受け入れたガレキを処理する焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に、お母さんたちが調査したところ、放射線だけの影響と断定はできませんが、眼や呼吸器系の症状が出ています」「鼻血、眼、のどや皮膚などに、不快な症状を訴える人が約800人もあったのです」というくだりもそう。1000人中800人なんて、明らかに異常な数字だから、常識を持った人間なら、まず疑ってかかるはずだ。

 ところが、データを利用された「大阪おかんの会」は、「作者や小学館から事前に接触はなく、困惑している」とコメントしている。

美味しんぼ:被害調査の市民団体「事前に接触無く困惑」

http://mainichi.jp/select/news/20140516k0000e040227000c.html

 実際、「大阪おかんの会」のブログでも、「焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に」などとは書かれていないので、松井英介氏か雁屋哲氏か、どちらかが嘘をついたことになる。

 しかし、『スピリッツ』編集部はまったく調べもせず、スルーした。

 おかしいよね?

 普通、編集部って、内容に間違いがないかどうか、事前にちゃんとチェックするよね?

 どうもこれはマンガ界全体の問題じゃなく、『スピリッツ』編集部だけの特殊な問題のようである。