『エスパー魔美』を最初から読んでます

 そう言えば、きちんと全話読んでなかったなあ……と気がついて、現在刊行中の「藤子・F・不二雄大全集」で1から読みはじめた。  あらためて感心するのは、このSFセンス。とにかく超能力の使い方がうまい。部分テレポートを利用した手術や輸血といったすごい技(これは活字SFでも見たことがない)から、テレキネシスで畳のけばをむしる(笑)というせこい技まで、超能力というものを100%活用しているのだ。  でもって、「超能力を持った女の子」という設定から、コメディ、サスペンス、ホラー、人情ものと、ありとあらゆるパターンの話を展開してみせる。この引き出しの多さには感心する。並のマンガ家ではまねできない芸当だ。藤子・F先生、やっぱり天才である。  現在、「藤子・F・不二雄大全集」では3巻まで出ている。僕のおすすめは、2巻収録の「スランプ」と、3巻収録の「凶銃ムラマサ」「サマー・ドッグ」。 「スランプ」は人情話。スランプに陥った魔美と、落ち目になった歌手、交番から銃を奪った男のエピソードがからみ合い、感動的な結末を迎える。安直に魔美の超能力で解決しないところがいい。 「凶銃ムラマサ」は、ガンマニアの少年が作った改造モデルガンをめぐるサスペンス。『魔美』には人間の暗黒面を描く話も多いんだけど、これもそのひとつ。特に199ページの描写はぞくぞくする。 「サマー・ドッグ」は、おそらくファンなら誰もがベストに選ぶエピソード。別荘地で捨てられた犬たちが凶暴化して人間を襲いはじめる話。  ありがちな結末かと思わせておいて、ラスト1ページでひっくり返すところがたまらない。確かに現実にはこういう結末にならざるをえないわけで……その点では、現実的な問題を最後に超能力であっさり解決してしまう「学園暗黒地帯」よりも、感動は数段上。  しかも深刻なだけじゃなく、合間にギャグも入っている。普段は真面目な高畑くんが、空を飛ぶ魔美のパンツが見えてデレッとなるところや、決死の覚悟で魔美の料理を口にしたお父さんと高畑くんが「いちおう食えるぞ!! 奇跡だ!!」と泣いて感動するシーンには笑った。  考えてみれば、最近のマンガやアニメにもちょくちょく見られる女の子の「料理下手」という属性(鍋を爆発させたり、一口食べただけでぶっ倒れる)は、魔美が元祖ではなかろうか。  高畑くんと言えば、この回で魔美をかばって野犬に立ち向かうシーンの台詞がかっこいい 「まあ見ててよ。生まれて初めて、ぼくは死にものぐるいになるぞ」  しかもその後、野犬に向かって、 「来るか!! なるべくなら来ないでほしいけど」  とビビリながら言うのが最高!  通して見ると、やっぱり高畑くんはいいキャラだと再確認した。  顔はほぼジャイアンだけど、とにかく頭が良くて、いつも魔美に適切なアドバイスをする。正義感は強いし、思いやりもある。「サマー・ドッグ」も、ラストの高畑くんの優しさが泣ける。  2人は単なる友達じゃないけど、恋人と言えるほどの関係でもない。この距離感がまた絶妙。  しかも彼は名台詞が多いんだよね。「高畑くん名言集」が作れそうなぐらい。  女の子から公園のブランコで、「ね、どっちがはやくこぐか競争しない?」と誘われ、 「どっちがはやく、というのはまちがいだ。競争なら、どっちが高くというべきだ。なぜなら振子の一往復に要する時間は、振子をつるすひもの長さが一定ならつねに不変であるから……」 (「友情はクシャミで消えた」)  わはは、空気が読めないヤツ!  エスパーとしての重荷に悩む魔美に、 「大きな力をもつということは、同時に大きな責任をおうことにもなるんだ」 (「どこかでだれかが…」)  おお、『スパイダーマン』!  魔美を誘惑する男が、「もしもきみが望むならNASAのロケットをチャーターして、銀河系まで飛んでってもいい!!」とキザなことを言うのを聞いて、 「それは不可能だ。なぜなら、ぼくらの住んでるここが、すでに銀河系だから」 (「恋人コレクター」)  男に嫉妬したというより、天然で言ってるっぽい。  しかも超常現象マニアでもあって、よくその方面のうんちくも披露する。これがまた面白い。  たとえば「大予言者あらわる」というエピソードでは、予言者が現われたという話を聞いてこう言う。 「予知能力なんてのはね、いろんな超能力のなかでも、とくにアイマイなんだ。ニセ者も多い。世界中には何万人もの予言者がいて、しょっちゅういろんな予言をしてるわけよ。だから、ときには偶然当たってもふしぎはないんだ。  一流の予言者といわれる人だって、けっこう当たったりはずれたりしてる。ところが当たった場合は注目されるけど、はずれた予言なんてみんなすぐ忘れちゃうからね」  この時代にすでにジーン・ディクソン効果に言及してたとは!  中でも秀逸なのは、「未確認飛行物体!?」というエピソードで、少年が撮影したUFO写真をひと目でトリックと見破るくだり。この推理が見事。  ちなみに、「大予言者あらわる」は74年の『ノストラダムスの大予言』ブームの影響もあるが、ハガキを使ったトリックは明らかに椋平虹が元ネタ。「未確認飛行物体!?」は1958年の貝塚事件と1974年の尾道市の事件をヒントにしている。UFOや超能力が好きだった藤子・F先生ならではのエピソードだ。  しかし、考えれば考えるほど、高畑くんってモテない要素がそろっている。あの顔で、秀才で、理屈っぽくて、おまけに超常現象オタク(笑)。意図的に、当時の少年マンガのヒーロー像の真逆を行った、という感じがする。  でも、そのいかにもモテなさそうな少年が魔美みたいな子と親しくしているという図式に、当時の男子は親近感を抱いたのではないかな。  考えてみると、「モテない少年が不思議な能力を持った少女と親しくなる」というのは、まさに今のアニメに氾濫しているパターンではないか。その点でも先見の明があった作品だと思う。  特に、高畑くんが風呂に入ってるところに、魔美がテレポートで飛びこんでくるシーンなんざ、「あるあるある! 今の萌えアニメにもこういうパターンある!」ってなもんですよ。  え? 何か忘れてないかって?  うん、そう。『魔美』を語るうえで、これについて触れないと片手落ちだよね。  魔美のヌード!  画家であるお父さんのモデルになっている魔美は、しゅっちゅうヌードを披露するんである。「雪の降る街を」というエピソードなんて、20ページ中14ページにわたって全裸だ。おそらく児童マンガ史上、もっとも多く全裸になったヒロインではないか。  でも、あっけらかんと脱ぐもんで、ちっともいやらしくないんだよね。自分がモデルになった絵を高畑くんに見られても平然としてるし(高畑くんの方は真っ赤になって絵から目をそらせている)。  そればかりか、高畑くんが自分のヌードを想像していることをテレパシーで知っても、怒りもせずにこう言う。 「そんなにてれなくていいわよ。あなたぐらいの年ごろの男子が、女子に好奇心を持つのは自然なことだって、少女雑誌の『悩み相談室』にかいてあった」 (「わが友・コンポコ」)  うーん、何ていい子なんだ魔美! 『エスパー魔美』をどきどきしながら読む男子の心情までフォローしてるね(笑)。  今、読み直してみて、この作品の唯一の欠点と言うと、やっぱりこの絵柄だろうか。藤子先生の絵柄だからしかたないとはいえ、現代にはちょっと受けない気がする。  いっそこれ、キャラを現代風に改変してアニメでリメイクしたら受けるんじゃなかろうか? コメットさんがああなったり、猫娘がああなったりするぐらいだから、藤子作品の萌え改変もありだと思うんだけど。 もちろんまったく別人に変えるのは言語道断だけど、1998年版の『ひみつのアッコちゃん』ぐらいのアレンジなら、許容範囲じゃないかしらん。  もちろん、ストーリーはそのまま! ヌード・シーンもカットしちゃだめ!