『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー第2弾。

 実は第1弾の宇宙開発SF傑作選と銘打たれた『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』が、ちょっと期待はずれだったんである。表題作は感動的なんだけど、他の作品が似たようなパラレルワールドもの(歴史が異なる世界での宇宙開発を描く)ばっかりだったもので、セレクトの偏りがおおいに不満だった。もう宇宙開発というテーマは、パラレルワールドやノスタルジーに逃避しなくちゃいけないほど行き詰まってんのかい、と(笑)。

 今回は大森望氏がセレクトした時間SF傑作選である。いや、これがなかなかいいセレクト。おおいに推薦させていただく。

 まず、何と言ってもいいのは表題作、F・M・バズビイ「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」。人生をバラバラの順序で生きる男の物語。中年から少年時代に戻ったり、はたまた老人になって臨終を体験したり、もう大変。

 こんな無茶な設定なのに、きちんと論理的に描ききって、最後に感動を持ってくる。こういうのを読むと「SFは筋の通ったホラ話だ」と思う。

 デヴィッド・I・マッスンの「旅人の憩い」は、南に行くほど時間が速くなる奇妙な世界を描く。『時の果てのフェブラリー』のヒントになった作品のひとつだけど、長らく入手困難だったので、この再録はありがたい。

 もっとも、論理的に突き詰めてみるとつじつまの合わない点が多い(1日の長さがどうなってるのか、とか)。それをつじつまを合わせたのが『時の果てのフェブラリー』であるわけだけど。

 奇想という点では、シオドア・スタージョンの「昨日は月曜日だった」も素晴らしい。とてつもないバカ話で、初めて読んだ時は「前、横、上」「そっち」のくだりで、ひっくり返って喜んだもんである。TVシリーズ『新トワイライト・ゾーン』の一編としてドラマ化されている。

 他にも、ボブ・ショウの「去りにし日々の光」、プリーストの「限りなき夏」、スチャリトクルの「しばし天の祝福より遠ざかり……」など、どれも傑作。

 実はラインナップを見た時に、ハインラインの「時の門」が入っていないのが不満だったんだけど、テッド・チャンの「商人と錬金術師の門」が入っていたので納得。どっちも循環型のタイムパラドックスものなんで、かぶるのを避けたのか。 しかもいい話なんだよ、これが。

 でも、これは「ハードSF」じゃないっすよ、大森さん(笑)。

 初訳作品もいくつか。

 H・ビーム・パイパー「いまひとたびの」は、1947年に書かれた「リプレイ」ものの元祖(たぶん)。少年時代に戻った主人公が父親と交わす時間に関する議論は、今となっては当たり前というか、いちいちこんなことを話すのは野暮ったいと感じるのだが、当時は斬新だったのかもしれない。

 ところで僕はパイパーの「オムニリンガル」という中篇(『SFマガジン』1968年12月号)がとても心に残っている。滅亡した古代火星文明の言語を解読しようとする言語学者の話。ロゼッタ・ストーンが無い状態で未知の言語をどうやって解読するかという難問に、感動的な回答を用意している。これもぜひ再録してほしい作品。つーか、もういっぺんクラシックSFアンソロジー作らせてよ、早川さん!

 リチャード・A・ルポフ「12:01PM」は、1973年に書かれた時間ループもの。 TVムービーにもなっている。

 大森氏は筒井康隆「しゃっくり」(1965年)の方が早いと書いているが、実はもっと早い作品がある。リチャード・R・スミス「倦怠の檻」だ。ジュディス・メリル編『宇宙の妖怪たち』(ハヤカワSFシリーズ)に収録されている。原著が出たのが1955年なんで、それ以前の作品のはず。

 火星人の財宝を奪い取った男が、無限に繰り返される10分間に閉じこめられる話。「エンドレス・エイト」の遠いご先祖様である。ひと夏や1日ではなく10分間では、まったく何もできないに等しく、まさに地獄。

 メリルのアンソロジーだから、たぶん欧米のSFファンならかなり読んでいるのではなかろうか。「12:01PM」の中に、「五分間の檻に閉じこめられたら、何もできない」というくだりがあるのは、ルポフが「倦怠の檻」を読んでいて、そのオマージュとしてこの作品を書いてるんじゃないかと思うのだ。

『恋はデジャ・ヴ』という映画が公開された時、ルポフはアイデア盗用で訴訟を起こそうとしたが、断念したという。まあ、「倦怠の檻」という先行作品がある以上、アイデアのオリジナリティは主張できないだろうな。

 収録作品中、いちばんがっくりきたのは、イアン・ワトスンの「夕方、はやく」。確かに奇想は奇想なんだけど、「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」や「昨日は月曜日だった」と違って、この世界がどうなってんのかさっぱり分かんない(笑)。奇想だけじゃだめで、ちゃんと筋は通してほしい。だいたい、イアン・ワトスン作品が2本(1本は共作)も入ってるって変じゃない?

 ワトスンはいらんから、フリッツ・ライバーの「若くならない男」は入れてほしかったな。あれも初めて読んだ時、「1940年代にこんなすごい発想の小説が書かれてたのか!?」と仰天したもんである。

 これと、創元から出たロマンティック時間SF傑作選『時の娘』を合わせると、海外の時間SFの傑作短篇はかなり網羅されたと言える。

 あと、不満というと、やっぱり……

たんぽぽ娘」だよねー(^^;)。

 何年も前から河出書房新社の〈奇想コレクション〉のラインナップに入っているのに、いっこうに出る気配がない。伊藤さん、お願いですから死ぬ前に『たんぽぽ娘』だけは出してください。みんな待ってるんだから。