人形劇版『伊賀の影丸』

 横山光輝の名作『伊賀の影丸』が、1963〜1964年、人形劇としてテレビで放映されていたのをご存知だろうか。

 今なら雑誌連載の人気マンガはアニメになることがよくあるが、1963年というのは『鉄腕アトム』や『エイトマン』が放映開始された年。まだ「人気があるからアニメ化」という発想は一般的ではなく、むしろ実写ドラマや人形劇になる例が多かった。(『鉄腕アトム』もアニメ版の前に、実写ドラマ版や人形劇版があった)

 だから当時の子供たちに大人気だった『伊賀の影丸』も、人形劇になった。そのうち10話分のフィルムが奇跡的に残っていて、このたびソフト化されたのである。

 僕はぎりぎり本放送を観ていた世代なんだけど、幼かったので、内容についての記憶がほとんどない。「影〜」「はっ!」「影〜」「はっ!」という主題歌だけは覚えてたんだけど。

 だもんで、はたして今観て面白いのかどうか、自信がまったく持てなかった。買ったのはいいけど、しょぼかったどうしよう……と、ドキドキしてたんである。

 しかし、観てみたらほっとした。

 面白いわ、これ!

 人形劇であることが、途中からぜんぜん気にならなくなってくるのだ。

 今回、ソフト化されたのは第2部、原作の「由比正雪」編を30分×10話に映像化したもの。鈴ヶ森の刑場で処刑されたと思われていた由比正雪が実は生きていたことが判明。服部半蔵から密命を受けた影丸伊賀忍者たちが、東海道を西に向かう正雪一味を追跡する……というストーリー。

 かなり自由に脚色されており、オリジナル・キャラクターが何人も出てくるし、原作にないエピソードも挿入される。 しかし、水増し感はまったくない。毎回、展開が速く、30分の中に何回もバトルが出てきて、飽きさせないのだ。

 特に上手いと思ったのは、盲目の美少年忍者・左近丸をクローズアップしてること。目が見えないので敵忍者の幻術にかからない。原作では途中であっさり死ぬのだが(『影丸』では毎回、影丸以外の忍者はほぼ全員死ぬ)、この人形劇版では最初から最後まで活躍。生き別れの妹が隠れキリシタンで、しかも由比正雪に味方していて……というドラマが展開する。これはテレビ化するにあたって納得できる範囲のアレンジだろう。

 かと言ってそのへんの人間関係がストーリー展開を阻害するわけでもなく、適度なスパイスになっている。

 人形劇で戦闘シーンというと、普通に撮ったら、ただ単に人形がぶつかり合っているだけのつまらないものになってしまうだろうけど、短いカットの組み合わせで、いろいろ工夫が凝らされている。

 たとえば第1話で、正雪の部下の金井半兵衛が、関所の役人3人を一瞬で斬り殺すシーンが秀逸。斬る瞬間を見せることなく、半兵衛の強さを印象づける。うむ、これはかっこいい。

 人形は下から操るギニョール方式なんだけど、戦闘シーンでは、テグスで吊られてびゅんびゅんと飛ぶ。

 忍者ものの定番、手裏剣が樹にタタタッと刺さるシーンも何回も出てくる。おそらく手裏剣にテグスがついていて、あらかじめ樹に刺しておいたおいたのを、テグスを勢いよく引いて抜き取り、それをフィルムの逆回転で見せてるんだと思う。

 原作に出てくる忍法は、弥九郎の影ぬい、太郎坊の分身の術、獅子丸の獣を操る術などは、ほぼ忠実に再現されている(太郎坊はこのために同じ人形を何体も作っている)。一方、左近丸のくも糸わたり、鏡月の水鏡などは、人形劇で再現するのは無理があったらしく、省略されたり、別の術に変えられている。藤太の糸うらないがカルタ(タロット)うらないに変えられているのも、テレビでは糸が見えにくいからだろう。

 さて、影丸と言えばもちろん、忍法・木の葉隠れ。第4話で披露するんだけど、これがなんとアニメ合成! 渦を巻く木の葉がアニメで描かれているのだ。これには感心した。この時代にこんなこと、やってたんだ。

 製作したのは、この翌年、『ひょっこりひょうたん島』を手がける人形劇団ひとみ座。

 演出は長浜忠夫

 そう、あの長浜忠夫

 この頃、人形劇の演出をやってたんである。

 ちなみに、ひとみ座でこの『伊賀の影丸』を製作した藤岡豊氏が、この翌年に東京ムービーを設立。長浜氏も藤岡氏の人脈で、アニメ演出の道に転進したのである。

 影丸の声は藤田淑子。ただ最初、藤田淑子だと分からなかった。僕らが知ってるジェリーや一休さんの声より、さらに幼い声だったから。

 調べてみたら、この年、藤田淑子13歳! 中学生で声優やってたんだ!? どうもこの『伊賀の影丸』で認められて、翌年『トムとジェリー』に起用されたらしい。

 いろいろとアニメ界に影響与えてたんだな、『伊賀の影丸』。

 声優と言えば、OPの「声の出演」には若山弦蔵愛川欽也の名もクレジットされている。しかし、いくら聴いても若山弦蔵の声で喋ってるキャラクターがいない。

 その一方、アンナという女性キャラの声はどう聴いても小原乃梨子なんだけど、OPにクレジットされていない。

 これは推測だけど、このOPクレジット、第一部のそれを流用してるんじゃないだろうか? 第二部になって出演者が変わったのに、そのままになってるのでは?

 白黒の『鉄腕アトム』とかを見れば分かるけど、この頃の子供向け番組は、その回のスタッフ・キャスト名は、EDにテロップで表示されるのが普通だった。もちろんそれは本放送時のみで、再放送やソフトではテロップなしの映像だけが流れる。この『伊賀の影丸』でもそうである。

 資料が散逸していると、映像は残っていても、演出家や脚本家や出演声優の名前が分からないという例がざらにあるのだ。

 何にせよ、こういう「子供向けヒーロー番組のオーパーツ」みたい作品を見ることができたのは嬉しい。