原田実『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)

 これも著者の原田氏よりの献本。ありがとうございます。

 公共広告機構のCMで使われ、最近では学校教育や社員研修でも使われるようになっている「江戸しぐさ」。 原田氏はそれがいかに歴史的にデタラメかというだけでなく、それがどうして生まれ、拡散していったかを検証している。

江戸しぐさ」の中には、ちょっと考えるだけで「おかしい」と分かるものがある。電話のなかった時代なのにアポなし訪問がマナー違反だとされていたり(どうやってアポ取るんだ)、腕時計のなかった時代に約束の時間の5分前に到着するのがマナーだったとか(どうやって知るんだ、その「5分前」を)。

 他にも、江戸の庶民がかき氷やバナナやチョコレート入りパンを食べていたという、歴史に詳しくない人間でも「そりゃありえないだろ!」とツッコミたくなる記述が多数。

 しかも、それがなぜ後世に伝わらなかったかというと、明治政府が「江戸っ子狩り」を行なって江戸っ子を大虐殺したからだという(笑)。

 こんなバカ話でも、少数の人間が信じているだけなら実害はない。しかし、教師の中にも信じる者がいて、事実として学校で子供たちに教えられているというのだから、笑いごとでは済まされない。

【実例】

http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/10653

http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/16668

 知れば知るほど、水伝(『水からの伝言』)との共通点を感じる。あれも、どう考えてもありえない話が、「いい話だから」という理由で教育者に信じられ、一部の学校で道徳教育に取り入れられたのだった。

 個々のマナー自体は、確かにいいことを言っている。でも、だったら普通に「傘のしずくが横の人にかからないように気をつけましょう」とか「電車では席を詰めましょう」とか、マナーを教えればいいだけのことではないか。歴史的にデタラメなことを子供に教える必然性がどこにあるのだろう。

 僕は以前、『ニセ科学を10倍楽しむ本』の中で、水伝についてこう書いた。

パパ「道徳も大事ですけど、学校の先生の仕事は、子供に正しいことを教えることではないのですか? 事実ではないことを事実のように子供に教えるなんてことが、あっていいはずがありません。

 たとえばイソップ童話の『ウサギとカメ』のお話をして、『なまけているとほかの人に追い抜かれるかもしれませんよ』とか、『たとえ歩みはのろくても、努力を続ければ最後には勝つんですよ』と教えるのはかまいません。童話というのはただのお話で、事実じゃないことは、子供でもわかりますからね。

 でも、『ウサギとカメが競走したらカメが勝ちます。これは科学的事実です』と教えたらだめでしょう? だって、本当に競走したら、カメは絶対にウサギに勝てませんよ(笑)」

先生「それはたしかに……」

パパ「道徳を教えるなら、それこそ童話や小説でもいいじゃないですか。事実ではないものを事実だと言う必要が、どこにあるんですか? 『道徳のためならウソを教えてもいい』なんて考え方は、それこそ道徳的じゃないでしょう?(後略)

 この文章はそっくりそのまま、「江戸しぐさ」にも当てはまる。