初めてマンガの中でコミケを描いた作品は?
冬コミで『漫画の中の同人誌即売会』という同人誌を買ったのである。
コミックマーケット、あるいはそれをモデルにした同人誌即売会が作中に出てくるマンガを集めたもので、80年代の『世紀末同人誌伝説』を筆頭に、『編集王』『コミックマスターJ』『こみっくパーティ』『まにぃロード』『げんしけん』『らき☆すた』『ドージンワーク』『まんが極道』などなど、メジャーな作品からかなりドマイナーなものまで、かなりの数の作品が紹介されていた。
続編の『漫画の中の同人誌即売会plus』では、前の本で洩れていた『クロノアイズグランサー』などをはじめ、『コミケ中止命令』『人類は衰退しました』『ベン・トー』などの小説も取り上げられている。
しかし。
ものすごく大事な作品が抜けているのだ。
その1巻に収録された「パトスってふんでも死なないのよね」が、同人誌即売会を題材にしているのだ。
『スクラップ学園』は〈プレイコミック〉に1980年1月から連載された作品。僕は当時、リアルタイムで読んでいた。
〈プレイコミック〉は月2回発売。「パトスってふんでも死なないのよね」は18話なので、掲載されたのは、80年の9月か10月頃のはずである(正確に何月何日号かまでは調べがつかなかった)。まず間違いなく、日本で初めて、商業出版物で同人誌即売会を扱った作品である。
とある休日、公園でくつろいでいたおじさんが、やけに若者が多く通りかかるのに気づき、主人公のミャアちゃん(猫山美亜)に「今日は何かあるのかね」と訊ねる。「同人誌の即売会。あたしも本作ったから売りに行くの」と答えるミャアちゃん。
若い頃は文学青年だったおじさん、「同人誌」と聞いて勘違いし、興味を抱いて、即売会に出かけてゆくが……という話である。
即売会の名は〈第30回 ぬめぬめマーケット〉になっている。まだ川崎市民プラザで開催されていた頃、参加者7000人程度の規模の時代と推測される。
すでにコスプレイヤーがいたことも分かる。一本木蛮さんの『同人少女JB』で描かれていたのが、だいたいこの時代である。
もちろん吾妻マンガの中の話だから、まともな即売会であるわけがなく、シュールなギャグが続出し、コミケのカオスな雰囲気を戯画化しているのだが。
この『スクラップ学園』、4話ですでに『ガンダム』ネタを出してきたり、コスプレを題材にした話があったりして、読み直してみるとあらためて、吾妻氏の先見性に驚かされる。
ちなみに、ミャアちゃんのソックスがいつもよれよれなのは、わざとゴムをカッターでずたずたに切っているからだという設定がある。(『ミャアちゃん官能写真集Part1』参照)
ずっと後になって、ルーズソックスが流行った時、「そんなのミャアちゃんはずっと前からやってたぞ!」と思ったもんである。
ちなみにこの「パトスってふんでも死なないのよね」は、調べてみたら、今、山本直樹監修『21世紀のための吾妻ひでお』(河出書房新社)に収録されていることが分かった。やはり名作である「聞かせてよ、くぬやろの歌」とかも入ってるので、初心者にはおすすめである。
吾妻作品からもう一本、紹介しておこう。
『ミニティー夜夢』(秋田書店)に収録された「愛なき世界」という短編。1984年頃の『マイアニメ』に掲載されたもの。
ちなみに僕は「おたく」という言葉を、この作品で初めて知った。
すでにコミケの開催場所は晴海に移っていて、参加者の数も万単位になってきた頃である。描写も『スクラップ学園』とはかなり違い、現在のコミケの雰囲気に近づいている。また、『うる星やつら』がブームだったことも分かる。
言うまでもなく『コロコロポロン』は吾妻ひでお原作のアニメ。『ぐるぐるメダマン』と『好き好き魔女先生』は吾妻先生がコミカライズを手がけた特撮番組である。
実際には、この時代にはまだ、こんなマイナー特撮番組の同人誌はなかったはずである。同人誌を作ろうにも資料がなかった。昔の番組が全話DVDになったりCSで放送されたりするような時代ではなかったからだ。
だからこそ、「さすがにこんな同人誌あるわけない」というギャグが成立していたわけだが……いやー、今となってはギャグじゃないわ。『アステカイザー』とか『トリプルファイター』とか『ボーンフリー』とかの同人誌、普通にあるもんなあ。
やはり吾妻先生の先見性、恐るべしである。
ところで、読み返していて気がついたのだが、このシーン、これが同人誌即売会というもので……という基本的な説明がどこにもない。当時の『マイアニメ』の読者にはすでに、コミケというものが説明なしでも理解できたということか。
そうそう、『漫画の中の同人誌即売会』を作ってる方、もし増補改訂版を出す予定があるなら、川上亮『コミケ襲撃』 と僕の『プロジェクトぴあの』も入れてくださいね(笑)。