新刊『プラスチックの恋人』

 早川書房 12月19日発売

 1800円+税

 2040年代、AC(人工意識)とAR(拡張現実)の併用により、人間そっくりのSEX用アンドロイド「オルタマシン」が実用化していた。生きた人間が関与しない機械による売春行為は、本物のSEXではないために合法とみなされ、しだいに世間に受け入れられていった。

 そんな時、オルタテックジャパン社は新しいサービスを発表した。9歳から17歳までの美少女・美少年の姿をしたオルタマシンーーマイナー・オルタマシンである。

 マイナー・オルタマシンによる性的なサービスを売り物にする施設〈ムーンキャッスル〉が日本にオープン、それをめぐる賛否が巻き起こる中、ジャーナリストの長谷部美里は、編集者から体験取材を命じられる。キャッスルに行って、実際に未成年の姿をしたオルタマシンとSEXをしてこいというのだ。

 マイナー・オルタマシンに対する強い嫌悪感を抱えたまま、やむなく取材に赴く美里。そこで彼女は、12歳少年型の緑の髪のオルタマシン、ミーフと出会う。

 この作品は、『プロジェクトぴあの』(PHP研究所)と『地球移動作戦』(ハヤカワ文庫JA)をつなぐ内容です。ARが本格的に普及しつつある一方、最初のACが誕生した2020年代を描いた『プロジェクトぴあの』。多くの人間がアーゴ(拡張現実ゴーグル)を常に着用し、ACOM(人工意識コンパニオン)と共生している2080年代を描いた『地球移動作戦』。その二つの時代の中間、ACを有するアンドロイドが現われた時代を描いています。

 もっとも、ストーリーは『プロジェクトぴあの』とも『地球移動作戦』ともあまり関係がないので、この『プラスチックの恋人』だけお読みになっても特に支障はありません。まあ、『プラスチックの恋人』が気に入られたなら、『プロジェクトぴあの』と『地球移動作戦』もお読みいただけるとありがたいんですけどね。どっちも傑作なんで(笑)。

 この小説を思いついたきっかけは、『アイの物語』(角川書店)を書いた時のことです。

 何種類もの人工知能やアンドロイドが登場する短編集ですが、「アイの物語」のアイビスは「私にヴァギナはついてない」と明言します。「詩音が来た日」の詩音は、「でも、将来的にはSEXの機能を持つモデルも、ジオダイン社は発売するのではないかと思いますが」と予想しますが、その予想が当たったかどうかは語られません。「正義が正義である世界」の彩夏は、SEXという概念すら持ちません。

 つまりSEXの話題を完全に避けてたんですね。

 古来より、SEXは小説家にとって大きなテーマです。まして人工知能とのSEXとなると、問題が厄介すぎて、短い枚数では描ききれません。SEXについて触れようとしたら、それだけで大部分を占めてしまい、『アイの物語』のテーマがぼやけてしまう。だから『アイの物語』ではSEXの話題を避けるしかなかったんです。

 でも、そのことがずっと心にひっかかっていました。本当なら人工知能とのSEXをきちんと描くべきだったのにと。

 そこで人間とアンドロイドとのSEXを本格的に描いた物語を書いてみようと思いついたわけです。

 もちろん、過去に人間とアンドロイドのSEXの出てくる小説はいろいろありました。眉村卓『わがセクソイド』、平井和正『アンドロイドお雪』、石川英輔『プロジェクト・ゼロ』、タニス・リー『銀色の恋人』……「プロジェクト○○」という題はこの前、使ってるんで、今度は「○○の恋人」にしようと思いつきました(笑)。

 それらの先行作品と違うのは、未成年の姿をしたアンドロイドとのSEXを題材にしていることです。単なるセクサロイドの話なんて、もう珍しくもないですから。

 無論、現実には未成年とのSEXなんて禁止されています。児童虐待になります。でも、人間じゃなくてアンドロイドなら?

 そもそも外見と製造年月日に関係がないアンドロイドに、「未成年」という概念が適用されるのか?

 苦痛を感じないし、羞恥心や恥辱という概念を持たない人工知能に対して、「虐待」という行為はありうるのか?

 問題があるとしたら、それは結局のところ「人間の問題」なのでは?

 この小説を書く際に心がけたのは、「正解」を提示しないということでした。

 だって、こんなややこしい問題、正解なんて最初から出るわけないでしょ?

 連載中、文句を言っていた読者がいました。美里が「悪役」の間違いを正そうとしないのがダメだ、というのです。

 悪役? 誰のことなんでしょう?

 ナッツ99という男は、きわめて不快に見えるように描いています。実際にこんな奴がいたら、すごく嫌でしょうね。でも、彼の主張自体は論理的です。

 反マイナー・オルタマシン運動の活動家である黒マカロンは、大それた犯罪を実行します。でもそれは、子供の頃の悲惨な体験に由来する、やむにやまれぬ衝動によるもの。彼女自身が犯罪の被害者なので、「悪役」とは呼にくい。

 マイナー・オルタマシン開発を推進したオルタテックジャパンのCEOの小酒井氏も、金儲けのためじゃなく、自分のポリシーを貫いただけのこと(経営者としては致命的な失策を犯しましたが)。

 そして主人公の美里は、マイナー・オルタマシンに対して強い敵意を抱いていますが、同時にミーフを愛してしまうという、思わず「ダメじゃん!」とツッコミたくなる矛盾したキャラクター。

 だから僕は「誰が悪役か」は決めていません。もちろん、「誰が正義か」も。

 それを「悪役だ」と思ったのは、あなたであって、僕じゃないんです。

 むしろこの小説は、読者に対するリトマス試験紙になるようなものを目指しました。

 この小説を読んでいて、キャラクターの主張に「けしからん」と腹を立てたり、「もっともだ」と同意したり、「バカだなあ」と笑ったりする……それによって、読者の有するモラルや正義がどこに位置しているのかが見えてくる。読者の「モラルの座標」を明快にするようなものを。

 だからあなたがこの小説を読んで、どんな感想を抱くかは自由です。キャラクターの誰かの主張に共鳴して「もっともだ!」「これが正義だ!」と思っても、僕はそれに反論も同意もしません。

 ただ、あなたの揺るぎない「モラルの座標」に対して、別の座標から「そんなものは間違っている!」と言ってくる人も、どこかに必ずいるでしょうけども。

 ちなみに、印刷が上がってきた本を娘(21)に見せて、父がエロいSFを書いたことをどう思うかと心境を訊ねたら、「友達が18禁小説を書いたのとたいしてノリが変わらん」という返事でした(笑)。

 考えてみれば、若い女性が18禁小説(また18禁マンガ)を読んだり書いたりするって、今や当たり前のことですからね。少なくとも同人界では。頭の古い人なら「こんないやらしい小説を書いて!」と眉をひそめるかもしれませんが、若い世代にとってはたいしたことじゃないんでしょう。

 娘はやはり「12歳美少年型アンドロイド」という設定に惹かれたのか、一晩で読み終わり、「面白い」と言ってくれました。エロいシーンもまったく平気だったようです。

 というわけで、「若い娘が読んでも平気な健全エロ小説」ですので、皆様にもお勧めいたします(笑)。