レイ・ブラッドベリ逝く

 僕がブラッドベリ作品でいちばん好きなのは「対象」 Referent(1948) という短編。

 少年の前に宇宙から降りてきたのは、形も名前も持たない純粋な“対象”だった。だが、人間にレッテルを貼られることによって姿を固定されてしまう。少年がそれをボールだと思えばボールに、母親だと思えば母親に。そのため、“対象”は地上に縛られ、宇宙に帰ることができなくなってしまう。

「わたしに名前なんぞつけないでくれ、レッテルなんぞ貼らないでくれ!」

 と“対象”は叫ぶ。

「わたしは対象なんだ!」

>(前略)「ほんとうなんだよ、子供さん! 何世紀も何世紀も重ねられてきた思考が、君の原子をこねあげて、現在のきみの姿を形造ったのだ。だからもしきみがその信念を、きみの友だちや先生や親御さんの信念を、すっかりひっくりかえし、ぶちこわすことができたら、きみだって姿を変えることができるんだ。つまり、きみも純粋な対象になることができるんだ! 自主独立、正義、自由、人間性、あるいは時間、空間、そしてまた幸福の追究者といった、なににでもなれるのだよ!」

(川村哲郎・訳)

 初めて読んだ時、「レッテルなんぞ貼らないでくれ!」という“対象”の悲痛な叫びが僕の心を揺さぶった。

 ブラッドベリの寓意は明瞭だ。この世界には、人間を鋳型にはめようとする力がある。物語の中で少年がやったように、誰かに自分の思いついたレッテルを貼る。「あいつは××だ」とか「○○ってのはみんな△△なんだ」とか。そうやって自由を奪い、可能性を奪い、地上に縛りつける。

 レッテルを剥がしてみれば、その下には豊かな可能性があることが分かるのに。

 しかし、これでもう、40〜50年代の欧米SFを支えた巨匠は、みんな行ってしまったことになるなあ……。