『〈ウィアード・テールズ〉戦前翻訳傑作選 怪樹の腕』

会津信吾・藤元直樹編

『〈ウィアード・テールズ〉戦前翻訳傑作選 怪樹の腕』(東京創元社

 アメリカの有名な怪奇小説誌〈ウィアード・テールズ〉に掲載された作品が、実は戦前の日本でもたくさん訳されていた。〈新青年〉〈少年少女譚海〉〈文藝倶楽部〉などに掲載されたそれらの作品を丹念に探し出し、一冊に集めた貴重な短編集。

 当然、その多くは無名の作家。日本で知られているのは、オーガスト・ダーレス、フランク・ベルナップ・ロング、ラルフ・ミルン・ファーリーぐらいだろうか。いやー、あたしゃフランク・ベルナップ・ロングのいかがわしさが大好きなんで(笑)、目次でロングとファーリーの名を見て衝動買いしちゃったんだけどね。

 原作の紹介ではなく、あくまで戦前の日本でどのように紹介されたかが主眼。だから明らかな誤植とか差別表現とかもそのまま再録されている。翻訳が複数ある場合、「より逸脱の程度の激しい方、すなわちゲテモノ度の高い方」を選んだという徹底ぶり。

 翻案ものも多い。海外の作家の作品を書き直し、主人公を日本人に変えたり、舞台を日本に置き換えたりしたうえ、原作者名を隠して、日本人の作品であるかのように見せかけて発表したのだ。本書に収録されている22編の短編のうち、8編が翻案である。

 いや、「翻案」と言えば聞こえはいいけど、要は「パクリ」だよね(笑)。当時の日本では、こういうことがごく当たり前に行なわれていたのだ。もちろん原作者に金なんか払っていないはず。

 翻案ではなく、原作者名を表記している作品でも、訳者が勝手に内容を変更することがよくあったらしい。登場人物の性別を変えたり、台詞を変えたり、大事な部分を省略したり、逆につけ加えたり。

 各作品の末尾には、編者による解説が付いていて、原作とどのように違うかも解説されている。たとえばエリ・コルターの「白手の黒奴」は、完訳すると125枚ほどの中編なのだが、4分の1の長さに縮められているそうだ。ロングの「漂流者の手記」では、モンスターの正体に関する重要な描写が欠落している。シーウェル・ピースリー・ライトの「博士を拾ふ」に至っては、ラストがぜんぜん違う話になっている。

 当然、無理も生じる。スチュワート・ヴァン・ダー・ビーアの「足枷の花嫁」は、原作は白人の黄色人種に対する差別意識がベースにあるのに、翻案で登場人物を日本人に変えたため、日本人が「蒙古人種の血」に恐怖するという、変な話になってしまっている。

 編者の解説によると、〈新青年〉の場合、原稿は基本的に訳者の持ちこみなので、編集部に採用してもらおうと、訳者が内容を面白くしなければならなかったのだという。また〈少年少女譚海〉は翻訳ものを載せない方針だったので、翻訳でも創作のように装わなくてはならなかったのだとか。

 何しろほとんどが80年以上前の作品(最も新しい作品で1939年作)なので、さすがに古めかしい。怪異の正体が吸血鬼だったとか、ミイラだったとか、霊の呪いだったとか、直球でひねりのないホラーが目立つ。

 一方、個人的に楽しめたのは、マッド・サイエンティストの出てくるB級SF群。現代では書けない話が多い。明らかに科学的に間違っていたり、あまりにも発想がアホらしかったり。 ゲテモノ好きとしては、そのB級っぽさが逆にたまらない。

 モーティマー・リヴィタン「第三の拇指紋」は、犯罪者になる人間は生まれつき決まっているという理論を元に、指紋から犯罪者になる人物を見分ける方法を発見した教授の話。後半の展開が面白い。

 エリ・コルターの「白手の黒奴」は、白人になることを目論む黒人が、天才外科医を雇って、全身に白い皮膚を移植するという話。もちろん人種差別思想が根底にあるんだけど、逆に差別思想を嘲笑っているようにも読めるところが興味深い。

 H・トムソン・リッチの「片手片足の無い骸骨」は、奇怪な症状をもたらす病原菌を用いて残酷な復讐を企む学者の話。グロい発想にぞくぞくする。

 ロメオ・プール「蟹人(かにおとこ)」も怪作。邦題でネタバレしちゃってるけど、新しい治療法の実験台になった男が、エビ(ロブスター)に変身してゆくというバカ・ホラー。エビなのになぜか題が「蟹人」。映画『恐怖のワニ人間』を連想したら、ちゃんと解説でも触れられていた。狼や蛇やワニならともかく、エビだとギャグになっちゃうよなあ。

 パウル・S・パワーズ「洞窟の妖魔」とR・G・マクレディ「怪樹の腕」はどちらも、隠遁しているマッド・サイエンティストがモンスターを飼育しているという話。どちらの科学者も美しい娘がいる。当時はこういうパターンの話、多かったんだろうな。

 きわめつけはラルフ・ミルン・ファーリーの「成層圏の秘密」。タイトルからドイルの「大空の恐怖」みたいな話かと予想したら、ぜんぜん違っていた。地球滅亡の危機を描いた小説は多いが、こんな発想は空前絶後だろう。よくこんなドアホウなアイデアで小説書こうと思ったな! いや、僕は喜んじゃったけどね。

 あと、編者の解説で、1937年頃に「ドイツのエンジン停止光線」という都市伝説があった、ということを知ったのも収穫。そうか、作られることなく終わったウィリス・H・オブライエンの『War Eagles』って、そのへんから発想してたのか。

 真面目なホラー小説マニアにはおすすめできない。ゲテモノ好きにはおすすめ。