ゴジラ対巨大裸女

 すごく面白い本を読んだのでご紹介。

編:木原浩勝、清水俊文、中村哲

ゴジラ 東宝特撮未発表資料アーカイヴ』

角川書店

 これまで東宝で企画された『ゴジラ』シリーズなどの特撮映画の資料から、幻に終わった作品のプロットやシナリオ、企画段階のシナリオなどを発掘した本。僕もけっこう特撮マニアだと思っていたが、その僕でも知らない話が山ほど出てきて、大変に興味深かった。

 たとえば、70年代末、一度ゴジラを復活させようとして、SF作家にプロットが発注されたことがあった。眉村卓光瀬龍荒巻義雄の3氏である。

 読んでみると、3氏とも、ゴジラ超古代文明にからめ、宇宙人によって創造された人工生物、驕り高ぶった人類に鉄槌を下す黙示録的存在として描いている。やっぱり「自然界にあんな生物がいるわけがない」というSF作家のこだわりなのだろうか。どうでもいいけど、光瀬さんのはスケールでかすぎて映像化できそうにありません(笑)。『百億の昼』ですか!?

 考えてみれば、怪獣を超古代文明の生み出した存在としてSF的な理屈をつけるという手法は、ずっと後に平成『ガメラ』で実現したわけだけどね。

 特に荒巻氏はプロットだけでなく、『スーパーゴジラ ―神々の怒れる使者―』という中篇小説(当然、未発表)まで書いていた。面白いのは、この中に、ゴジラが核エネルギーで生きている生物で、原子力発電所を襲って放射能を吸収するという設定が出てくること。84年版『ゴジラ』の設定は荒巻案が元になっているのか?

 気になったのは、斯波一絵『二匹のゴジラ ―日本SOS!!―』。

 斯波一絵氏は『ゴジラの息子』(67年)の脚本に関沢新一氏と並んでクレジットされている人。このシナリオはゴジラが親子で出てくるうえ、南海の孤島で行なわれている気象コントロール実験など、『ゴジラの息子』と共通点が多い。

 本書の中では、このシナリオは『ビオランテ』と同時期、80年代に書かれたことになっているのだが、これはおかしいんじゃないだろうか。だって、ゴジラを攻撃する戦闘機がF−104だし、パーティのシーンで出てくる仮装が「オバQロボタン、オソ松クン、ウルトラマン、そしてウルトラQの珍獣怪獣」で、それがジェンカを踊りながら出てくるのだ!

 これは80年代に書かれたものではありえない。『ウルトラマン』の放映開始が1966年、坂本九の「ジェンカ」がヒットしたのも同じ年だから、どう見てもその頃だ。

 つまりこのプロットは『ゴジラの息子』の原型で、これを元に関沢氏が『ゴジラの息子』の脚本を書いたのではないか? 解説を書いている木原浩勝氏が、その可能性にまったく気がついていないのが奇妙だ。

 関沢新一和田嘉訓の『空飛ぶ戦艦』は、極秘裏に建造されていた空飛ぶ戦艦が世界征服を企む秘密結社の陰謀に立ち向かうという話。のちの『海底軍艦』の原型であると同時に、関沢新一監督の『空飛ぶ円盤恐怖の襲撃』とも類似点がある。『空飛ぶ円盤恐怖の襲撃』と『海底軍艦』をつなぐミッシングリンクである。

海底軍艦』が押川春浪原作だというのは、『原子怪獣現る』の原作がブラッドベリだというのと同じで、企画が進んだ段階で後からつけ加えられたのだろうな。道理で原作と似ても似つかないわけだ。

 他にも、ストーリーコンテストで佳作になった木暮俊(小林晋一郎)『ゴジラビオランテ』(完成稿にはない第3の怪獣デューテリオスが登場する)や、『ウォー・ゲーム』や『スーパーマン3 電子の要塞』をヒントにしたらしい関沢新一ゴジラ伝説 アスカの要塞』、『ガス人間第一号』の続編の関沢新一フランケンシュタイン対ガス人間』、『フランケンシュタイン対地底怪獣』の原型である木村武『フランケンシュタインゴジラ』など、興味深い作品が目白押し。「これはぜひ見たかった!」というものから「これはやらなくて正解だった」(笑)というものまでいろいろ。

 しかし、何と言っても本書の最大の目玉は、海上日出男ゴジラの花嫁?』だ。昭和30年(1955年)6月に書かれたシナリオである。

 作者の海上日出男氏は、『美女と液体人間』の原作で知られる。本職の脚本家ではなく、東宝の大部屋俳優だった。この『ゴジラの花嫁?』のシナリオを書いた3年後、『美女と液体人間』の製作が決定した日に亡くなっている。

 1955年というのは、『ゴジラの逆襲』が公開された年。このシナリオはその続編ということになっており、アンギラスも登場する。他にも、地底の大空洞に怪生物が棲息するロストワールドが存在するという設定になっており、人魚の夫婦、始祖鳥、大蛸、人間の血をすう巨大ノミなどが登場する賑やかな話になっている。

 物語は、マッドサイエンティストの志田善二が、再度のゴジラの襲撃に対抗するため、「ゴジラの花嫁」という巨大ロボットを作るというものである。

 思い出していただきたい。1955年である。この時代に巨大ロボットvs巨大怪獣という図式なんて映像作品には存在しなかった。水木しげるの『怪獣ラバン』でさえ1958年である。いかに先進的なアイデアであるかご理解いただけるだろうか。

 だが、この作品は時代のさらに先を行っていた。

 普通、ゴジラに対抗するロボットといえば、メカゴジラのようなデザインを想像する。ところが志田の作る人工人間「ゴジラの花嫁」は、ゴジラと同じサイズで人間の女性型。志田が元恋人の里子そっくりの姿に作ったもので、しかも裸! 志田はこの「ゴジラの花嫁」をゴジラと結婚させようと計画していた。何でやねん!?

 他にも志田は、三尺近い顔だけの電子頭脳「イヴ」や、やはり里子そっくりの等身大のアンドロイドまで作っている。よほど里子に執着があるらしい。

 志田の兄、炭坑王の善一の資金援助もあり、「花嫁」は完成した。クライマックスはいよいよゴジラと巨大ロボット「花嫁」の死闘である。

 画面を想像しながらお読みいただきたい。昭和30年代の街並みに立つゴジラアンギラス。それに対峙する巨大裸女!

アンギラス、隙を見て、花嫁にがばっと組みつく。花嫁、アンギラスを押へて、四つに組んだと思ったら、見事な、ハンマー投げ、一本「ヤーッ!!」怒ったアンギラス、起き直るや否や、花嫁の太股を、がぶっと噛みつく。

○花嫁、微笑のまゝ、アンギラスの口を、両手でぐいゝ拡げて、あゝ、なんと云ふ力の強さか、アンギラスの喉元まで引き裂いてしまふのです。たらゝと血を流し悲鳴を上げて、死ぬアンギラス

ゴジラ、目を白黒して、両手を引裂く真似をして、やをら怒り出す。そして、かーっと放射火焔を吐く。

○花嫁の全身は火焔に包まれる。が相変わらず微笑をたゝへるのみ。

ゴジラ、首を傾げる。

○花嫁「カーッ!!」と、青色の放射能を吹きかける。

ゴジラ、蛙の面に何んとやら平然としてゐたが、自分も亦、「カーッ!!」すると、両者の放射能が重なり合って、七色の花火が散るやうに、七色の光りに飛散して酔うやうです。

ゴジラと花嫁の両者は、組み打ちになります。物凄いレスリングです。上になり下になり、いゝ勝負です。

(中略)

ゴジラ対花嫁、向い合ったまゝ。

ゴジラ、傍らのビルを半分もぎ取って花嫁に投げつける。

○花嫁も傍らのビルや電信塔を、文字通りちぎっては投げて應戦する。あっ!花嫁攻撃に出ました。ゴジラの尻尾を両手でつかんで、ぶんゝと振り廻す。

○振り回されたゴジラ、奇声を発して驚く。

○尚も、夢中で振り廻してゐた花嫁、こゝぞと大地へ叩きつける。そのあおりで周辺のビルや家々は目茶々々となって崩れ落ちます。

 強い! 強いよ、ゴジラの花嫁!

『MM9』より半世紀も前にこんな話を考えていた人がいたと知っただけでも、「4200円の元は取った!」と思ったもんである。

 しかもこの後、ゴジラはすっかり花嫁になついてしまい、猫のようにごろごろと喉を鳴らしたりする。仲良くなった二人(?)は手に手を取って海に入ってゆき、地底のロストワールドで新婚旅行としゃれこむ。

 地底の温泉で戯れる二人。ゴジラと巨大女のラブシーン! このへんは「うふふ、つかまえてごらんなさーい」という感じの絵が頭に浮かぶ。マンガだったら、背景に点描が飛ぶぞ。

 よくぞここまでブッ飛んだ話を書けたもんである。

 しかもこのシナリオ、これまで忘れられていたわけではないのだ。田中友幸プロデューサーが大事にしまいこんでいて、1984年、ゴジラを復活させるプロジェクトが始動した際、この『ゴジラの花嫁?』を叩き台にして、何本ものプロットやシナリオを書かせているのである。それらの準備稿も本書に収録されていて、その変遷がよく分かる。

 まず、真っ先に削られたのが、巨大な裸の美女ロボットという設定。そりゃそうだわなあ(笑)。『ゴジラの花嫁?』というタイトルから連想して、雌のゴジラを出すという案もあったが、これもボツに。

 人魚の出てくるシナリオも書かれたが、これもボツ。地底のロストワールドという設定に田中プロデューサーは執心していたようだが、これも最終的にはボツになった。

 では何が生き残ったかというと……。

 巨大なノミ!

ゴジラの花嫁?』では、ゴジラの体に寄生している巨大ノミが、人間を襲って血を吸うという設定だった。そのノミからダニに変わり、最終的にフナムシになって84年版『ゴジラ』に登場したのである。

 ショッキラスのルーツがこんなところに!?

 つーか、何でそんなしょーもない設定だけが生き残るんだよ!?

 いや、もしかしたら影響はそれだけではないのかもしれない。

 たとえば、志田が人工人間・里子の胸を開いて故障を直すシーンがある。『メカゴジラの逆襲』(75年)の真船桂を連想させるが、もちろんこっちの方が20年も早いのだ。いや、メカゴジラという設定自体、『ゴジラの花嫁?』がヒントである可能性があるのでは?

 また、炭坑から出現して人間を襲う巨大昆虫や、落盤によって炭坑の奥に穴が開き、鉱山技師がそこから地底世界に入りこむくだりは、翌年の『ラドン』のメガヌロンのくだりのルーツではないのか?

 あと、地底世界を照らしている光源が、天然の原子炉だという設定もすごい。この時代には夢物語だったが、その後、1972年に、ガボンのオクロ鉱床で、20億年前の天然原子炉が見つかっている。

 もしかして、すごく時代を進みすぎてたんじゃないのか、海上日出男?

 情報量が多く、資料性が豊か。東宝特撮マニアなら絶対に買って損はない1冊と保証する。話によると、まだまだ幻のシナリオはいっぱいあるそうで、本書が売れたら2冊目も出るらしい。