鹿野司氏がホメオパシーを擁護
先月(9月号)の『SFマガジン』の連載「サはサイエンスのサ」の中で、サイエンス・ライターの鹿野司氏がホメオパシーを擁護していた。
いや、ストレートに「ホメオパシーは正しい」と言ってはいないんだけど、そんなもん信じたってたいした害はないし、信じるのは個人の自由だ、みたいな論法なんである。
鹿野氏は昨年起きた、ホメオパシーを信じる助産師によってビタミンKを与えられなかった子供が死亡した事件について、「二十年に一回しか起きないようなできごとなわけね」と言ってのける。
> そういう意味では、ホメオパスでやんすの人たちにとって、この死亡事例はまことに確率的に不幸なできごとだった。
このくだりにはムカムカきた。
「不幸」なのは死んだ赤ちゃんとその母親だろう!?
なぜ「二十年に一回しか起きないようなできごと」なのか。鹿野氏の論法を要約するとこうである。
・日本の年間の出生数は110万人。
・助産院を利用する人は1%
・助産院でビタミンKを投与しないケースが1%
・ビタミンKが投与されなかった場合にビタミンK欠乏症で死亡する確率は1/2000
110万×0.01×0.01×1/2000≒1/20
ちょっと待った。「ビタミンK投与をしないケースが一%」というのは、どういう根拠で言っているのか。今回の事件で明るみになったのは、助産師の世界にホメオパシー信仰がかなり浸透しているらしい、という事実だ。
http://putorius.mydns.jp/wordpress/?p=716
ホメオパシー問題について
http://midwifewada.seesaa.net/article/159141957.html
どうもホメオパシーを信じる助産師や赤ん坊にビタミンKを投与しない助産院は、けっこう多いらしいのだ。そのパーセンテージは不明であるが、仮に20%だとしたら、毎年1回、死亡事例が発生することになってしまうのだが。
それに、今回発覚したビタミンKレメディの件は氷山の一角で、まだ他にどんなレメディが処方されているか(=正しい薬が処方されていないか)見当もつかない。もちろん、犠牲者は赤ん坊だけとは限らない。だから鹿野氏のこの計算はまったく意味がないのである。
実際、東京では今年5月、病院に行かずにホメオパシーに頼っていた女性が悪性リンパ腫で死亡するという事件が起きている。
http://www.asahi.com/health/news/TKY201008100476.html?ref=recc
ホメオパシー被害「あかつき」問題を憂慮する会
http://www012.upp.so-net.ne.jp/mackboxy/Health/
死亡には至っていないが、怖い事例は他にもいろいろある。
アナフィラキシーショックをホメオパシーで治した!スゴイでしょ!
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20100819
夫がアナフィラキシー・ショックを起こしてるのに、砂糖玉を舐めさせて、ワカメとドクダミとよもぎとビワの葉を入れた風呂に入れ、息子を剣道の練習に送っていった奥さん。あまりの危機感のなさに冷や汗が出る。
これ、外出してる間にご主人が風呂の中で死んでいてもおかしくない状況だ。助かったのは幸運だろう。
さらに恐ろしいのは、親がホメオパシーを信じてしまったために、子供がまともな医療を受けさせてもらえない事例が多いことだ。
医療ネグレクトと思われる例があるということで通報した
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20100715/p1
幸い、大事には至っていなかったらしいが、これも恐ろしい話である。
ホメオパシーで、てんかんを治している子はどうなっているのか。
http://ameblo.jp/moonsun3/entry-10528060180.html
ホメオパシーに切り替えたために、かえっててんかんの発作が増えたという。これも子供がかわいそうだ。
5歳の娘が線香花火の火の玉を60センチぐらいの高さから素足の足の甲に落としてしまい、皮膚に5mmぐらいの焦げ後がつく火傷をしてしまいました。
http://www.rah-uk.com/case/wforum.cgi?no=3405&reno=no&oya=3405&mode=msgview&page=0
>熱には熱ですが、火傷には、40度のぬるま湯よりも、蒸気をあてる方が本当は効果的です(そのときは痛いですが、少しの我慢です)。
火傷した子供に蒸気を当てろって……正気か!?
被害者が自分の意思でホメオパシーを選択したならまだしも、選択の余地のない子供たちが結果的に虐待を受けているのだ。
こうしたことを知ってもなお、鹿野氏はホメオパシーを擁護するのだろうか?
ようやく日本学術会議や日本医師会もこの問題を取り上げはじめた。
医療敬遠に危機感 学術会議、ホメオパシー否定
http://www.asahi.com/health/feature/homoeopathy_0825_01.html
http://www.asahi.com/health/feature/homoeopathy_0825_02.html
http://www.asahi.com/health/news/TKY201008250328.html
さらにホメオパシーはペットの世界にも広がっているらしい。「獣医 ホメオパシー」で検索すると、びっくりするほどたくさんヒットする。
今日、マイミクさんの日記で知って驚いたブログ。
http://blogs.yahoo.co.jp/setsu_forum_k/24371932.html
>犬には今年から狂犬病の予防接種を控えています。水銀やホルムアルデヒドなどの有害な重金属を防腐剤で使っているので、犬のよだれの原因にもなっています。何よりも日本では狂犬病もないのですから、犬の体に負担をかけることはもうしたくないのです。
愛犬に狂犬病の予防注射を受けさせてないって……それは狂犬病予防法第五条違反(20万円以下の罰金)なんですが。
狂犬病予防法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO247.html
こうした危険性があるからこそ、これ以上ホメオパシーを普及させないように警鐘が発せられているわけなのだが、鹿野氏はそこを理解していないのだろうか。
菊池誠氏が「ホメオパシーのレメディに薬効がないのは自明」と言ったことに対する鹿野氏の批判はこうだ。
>(前略)自明という表現を使ってしまうと、それは「知恵のあるものが愚かなものを見下す」ニュアンスを強く漂わせる。同じ問題意識を共有する仲間内なら、こういう表現でもそうだよねそうだよねってみんな思うけど、身近にホメオパシーに傾倒している人がいたとして、その人に向かってこういう物言いをしたら、反発されるだけで、かえって受け入れてもらえないだろう。
じゃあ何か? 知恵のある人が「これこれこういう理由でこれを信じるのは間違い」と説くこと自体がいかんと? それは科学リテラシーというものを根本的に否定した物言いではないか?
無論、事実を聞かされて反発する人はいるだろうけど、それは反発する側の責任であって、道理を説く側の責任ではないはずだ。
そもそも鹿野氏はどれぐらいホメオパシーについて知っているのだろうか。彼が「レメディの効果の原理はこんなかんじ」と解説している文章を読んでみよう。
> 標準療法の薬は利くかも知れないけれど、そのぶん自然治癒力を弱めてしまう。でも、薬を薄めてやれば、それを補うように自然治癒力が活発になるはず。薬をうんと薄めたもの=レメディを飲むことで、自然治癒力を最大限に引き出すことができるわけですよお客さん。
> おお〜。なるほど〜。それなら利きそうだよね(*v*)
はい、もうお分かりですね。レメディは「薬をうんと薄めたもの」ではない。その逆で、病気の症状を惹き起こす物質を薄めたものなのだ。
さらにその希釈率が問題である。たとえば30Cというレメディの場合、元の物質を水で100倍に薄めてよく振り、それをさらに100倍に薄めてよく振り、それにさらに100倍に薄めて……ということを30回繰り返す。濃度は元の物質の10の60乗分の1になる。つまり1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000分の1である。これではもはや元の物質の分子は1個も残っていない。ただの水である。これを砂糖玉に染みこませたものがレメディなのだ。
鹿野氏は何かとホメオパシーを漢方医学と比較したがる。だが、漢方では少なくとも薬効成分が体内に入る。ホメオパシーでは(砂糖と水以外)何も体内に入らない。これは決定的な違いだ。
だから「レメディに薬効がないのは自明」と言い切ってしまっていいだろうし、実際、プラシーボ効果以上の効果がないことは証明されている。このへんのことはサイモン・シン&エツァート・エルンストの『代替医療のトリック』(新潮社)に詳しい。
鹿野氏はこうも書いている。
> ホメオパシーについてはオレも深堀りしたいとは思わないけど、欧米では古くからある伝統医療だから、やっぱり漢方医学に匹敵する複雑で深淵っぽい説明原理の体系はあるのだろう。
(誤字は原文ママ)
そう、鹿野氏はホメオパシーについて何も知らない! 知らないならウィキででもちょっと検索すればいいだけのことなのに、何も調べずに2ページの記事を書いちゃうのだ。
これはサイエンス・ライターとしてアウトでしょ。
さらに彼はこうも書く。
>(前略)お母さんもたぶん、お子さんが亡くなるまでは、良い体験をしていると感じていたんじゃないかな。
母親に責任の一端があるかのような書き方をしているが、新聞報道によれば、ビタミンKレメディ投与は助産師が独断でやったことで、母親の同意は得ていなかったようだ。
> 人の心は弱いものなので、こういう特別さを求めがちであり、それは懐疑論者だってそうなんだよね。たとえば、いちはやくiPadを手に入れて見せびらかしたい気持ちと、水中出産とか特別な秘技のもとに我が子を産みたい気持ちは、本質的には同じものだ。汝ら、罪無き者から石を投げよ。
要約すれば、「iPadを買って自慢している人間はホメオパシーを批判するな」ということだ。んなアホな(笑) そんなもん、比喩にも何にもなっていない。だいたい、iPadを買うことのどこが「罪」だ?
iPadを買うことと、非科学的な信仰で赤ん坊を死なせることを、同列に論じられてはたまらない。
いやね、ネットにちょくちょくいるんだよ。誰かが集中砲火を浴びていると、議論に割って入ってきて、「そんなにきつく言わなくても」とか擁護しはじめる人。でも、その問題について何も知らない。ただ、いじめられている人を見かけたから、反射的にかばいたくなっただけ。
攻撃している側を揶揄することで、本人は問題を相対化している気になっちゃうんだろうけどね。せめてその問題について最低限の勉強してから発言してほしいと思うよ。
この号だけでも十分にむかついたんだけど、よせばいいのに、今月号(10月号)の『SFマガジン』にその続きが載っていた。例によって、漢方とホメオパシーを並べて論じ、どっちも似たようなもんだからホメオパシーを悪く言うことない……というような論法。
> 西欧の伝統医療であるホメオパシーは、西欧では長い歴史があるので、標準医療にはかかるなとか無茶なことはたぶん言わない。それにホメオパシーで処方される薬も、全部が全部、超希釈された薬効成分のないものばかりではなくて、普通の煎じ薬みたいな、それなりの薬効のあるものも多いみたい。極端に酷いことがほとんど起きないような加減がわかっていて、それなりのベネフィットはあるから、伝統医療は続いているわけね。
(中略)
> それに対して、日本におけるホメオパシーは輸入品で、発生期の「教祖あり宗教」と同じく過激になりやすい。
えー、あまりにも間違いだらけでどこからツッコんでいいやら(笑)。「伝統医療」「長い歴史」とか言ってるけど、ハーネマンがホメオパシーを創始したのは1810年で、まだ2世紀の歴史しかなく、漢方と並べるのは無理があると思う。海外でもホメオパシーに頼ったために死亡した事例があるのは、『ニセ科学を10倍楽しむ本』でも書いた通り。また、レメディ自体で「極端に酷いこと」なんか起きようもない。それはただの水を染みこませた砂糖玉なんだから。
ホメオパスの中にはレメディ以外に「普通の煎じ薬みたいな、それなりの薬効のあるもの」を処方する者もいるのだろうか。いたとしても、それはすでにホメオパシーではない。別の代替医療だろう。鹿野氏はホメオパシーと代替医療全般をごちゃ混ぜにしているとしか思えない。
あきれたことに、そのすぐ後には、こんなことも書いちゃってる。
> オレはホメオパシーのことはほとんど知らないけど、たぶん欧州においては、ホメオパスでやんす的な生きかたというのがあって、それは養生訓みたいな感じで、レメディですべて解決するわけではなくて、生活全体を見直していこうというようなものを含むのだろう。
だから、「たぶん」なんて推測で書くな! 知らないんだったら調べてから書け!
一般人がブログで書くならまだしも、これはサイエンス・ライターを名乗る者が雑誌に載せるような文章ではない。
おまけ。
ホメオパスのシャーリン・ワーナーという人の講演(字幕つき)。「隣人の犬が庭でウンチしたことに怒って爆弾で仕返し」とか、何のことやらさっぱり分からない。ほんとにソーカル事件みたいなパロディじゃないかと思えるほどのすさまじい内容で大笑い。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11517284
これが鹿野氏が言うところの「漢方医学に匹敵する複雑で深淵っぽい説明原理の体系」である。