「光より速いニュートリノ」をめぐる誤解

 今日は別のことを書くつもりだったんだけど、面白いニュースが飛びこんできたので、そちらを優先したい。

 ニュートリノが実は光より速かったというのである。

 最初に言っておくと、今回のこの発見、間違いである可能性が高い。

 報道されているように、もしニュートリノが光より0・0025%も速いと、小柴昌俊教授のノーベル賞受賞のきっかけになった超新星1987Aの観測と矛盾してしまうのだ。

 超新星1987Aは大マゼラン星雲の中にあり、地球からの距離は推定16万光年。爆発の光が地球に届くのに16万年かかる。ニュートリノが光より0・0025%速いと、それより4年早く地球に届く。つまりニュートリノは1983年に地球に届いていることになり、1987年に観測できるわけがない。

 これについては、今回の実験で使われたニュートリノに比べて超新星からのニュートリノのエネルギーがきわめて高く、光速とほとんど変わらないという可能性もある(超光速粒子は光速に近いほど、つまり速度が遅いほどエネルギーが大きい)。このへんは詳しい情報が入らないと何とも言えない。

 科学の世界では間違った発見なんて山ほどある。今回のニュースもそうしたもののひとつかもしれない。浮かれると後でがっかりするかもしれないので、冷静に続報を待ちたいと思う。

(日本でもT2Kで追試してくれないか……と思ったんだけど、J-PARCがまだ震災から完全に復旧してないかも)

 ちなみに、僕は驚きはしているが、それほど意外とは思っていない。

 というのも、ニュートリノが実はタキオン(超光速粒子)かもしれないという説は、十数年前からあったからである。

 当時、僕はそれを聞いて、さっそく小説の中に取り入れた。『ミラー・エイジ』(角川書店・1998)の最終章である。お持ちの方はぜひこの機会に読み返していただきたい。

 ところで、世間ではこのニュースを誤解している人が大勢いる。

 特に読売新聞が「根底崩れた?相対論」などという間違った見出しを堂々とつけたんだから、なおさらである。おかげで早くも「やはり相対性理論は間違っていた!」と浮かれるトンデモさんがあちこちに現われている(笑)。

根底崩れた?相対論…光より速いニュートリノ

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110923-OYT1T00374.htm?from=popin

> 現代物理学の基礎であるアインシュタイン特殊相対性理論では、宇宙で最も速いのは光だとしている。今回の結果は同理論と矛盾しており、観測結果が事実なら物理学を根底から揺るがす可能性がある。

 誰だか知らないが、この記事を書いたやつは、特殊相対性理論のことを何も分かっていない。相対論は「宇宙で最も速いのは光」などと言っていないのだ。

 物理学の世界でタキオンの概念を最初に提唱したのは、アメリカの物理学者ジェラルド・ファインバーグ。1967年のことである。

 ファインバーグは相対論を否定してなどいない。相対論の枠組みの中で光より早い粒子が存在する可能性を示したのだ。

 相対論によれば、物質のエネルギーは光速に近づくほど大きくなり(これは粒子加速器の実験で検証されている)、物質を光速まで加速するのには無限のエネルギーが必要であることが示されている。物質を加速させて光速を超えることは不可能である。

 つまり、絶対に超えられない「光速の壁」が存在するのだ。

 しかし、粒子が最初から光速より速ければ、「光速の壁」を超える必要はなく、相対論に矛盾することはない……というのがファインバーグの主張だった。

 産経新聞もいいかげんなことを書いている。

光速超えるニュートリノ 「タイムマシン可能に」 専門家ら驚き「検証を」

http://sankei.jp.msn.com/science/news/110924/scn11092400300000-n1.htm

> 名古屋大などの国際研究グループが23日発表した、ニュートリノが光よりも速いという実験結果。光よりも速い物体が存在することになれば、アインシュタイン相対性理論で実現不可能とされた“タイムマシン”も可能になるかもしれない。これまでの物理学の常識を超えた結果に、専門家からは驚きとともに、徹底した検証を求める声があがっている。

>「現代の理論物理がよって立つアインシュタインの理論を覆す大変な結果だ。本当ならタイムマシンも可能になる」と東大の村山斉・数物連携宇宙研究機構長は驚きを隠さない。

 本当に村山斉という人がこんなことを言ったのかどうか疑問だ。記者がインタビューしたものの、回答の意味がよく分からなくて、いいかげんな要約をしたのではないかという気がひしひしとする。

 タキオンでタイムマシンはできません!

 なぜなら、すでに述べたように、タキオンは生まれた時から超光速なのだ。通常の物質(人間の体も含む)は光速を超えられない。つまり人間は過去には行けない。

 その後の文章がさらにひどい。無茶苦茶だ。

>アインシュタイン特殊相対性理論によると、質量のある物体の速度が光の速度に近づくと、その物体の時間の進み方は遅くなり、光速に達すると時間は止まってしまう。

> 光速で動く物体が時間が止まった状態だとすると、それよりも速いニュートリノは時間をさかのぼっているのかもしれない。すると、過去へのタイムトラベルも現実味を帯び、時間の概念すら変更を余儀なくされる可能性もある。

 ああ、ああ、ああ、素人がよくやる誤解だ。でも、大新聞がこんな大間違いを堂々と書くなよ!(涙)

 仮にニュートリノが光より0.0025%速いとしても、すでに述べたように、光よりほんの少し速く到着するというだけ。つまり到着時刻は出発時刻より後なのだから、時間をさかのぼってなどいない!

 ほんの少し考えりゃ分かりそうなもんなのにな。

 時間をさかのぼるには、ニュートリノの速度をさらに速くして、無限大より速くしなければならない。

「無限大より速いって何だ?」と混乱される方もおられるかもしれないが、要するに速度がマイナスになるということである。

 速度無限大なら、粒子は発射と同時に到着する。さらに速くなれば、発射された時刻より前に到着する。つまり時間をさかのぼる。

 速度は移動距離÷移動時間。出発した時刻より前に戻るなら、移動時間はマイナスなので、速度もマイナスになる。

 難しくなるので説明ははしょるが、相対論では「光速の壁」というものはあるが「速度無限大の壁」というものは存在しない。光速は超えられないが、速度無限大は超えられるのである。

 もし速度がマイナスのタキオンというものがあるなら、それで過去に信号を送れる。『地球移動作戦』に出てきたシビュラ計画のように、大事故や災害に関する情報を過去に送って、惨事を回避することも可能になるかもしれない。

 しかし、光速より少し速いだけでは速度は依然としてプラスであり、過去には戻れない。

 ましてタイムマシンなんて無理なのだ。