「光より速いニュートリノ」をめぐる誤解・2
先日の記事の反響がやけに大きくて驚いている。
同時に、超光速という概念について、実に多くの人が誤解していることにも驚いた。僕の周囲にいる、科学に詳しそうな人たちでさえ、基本的なことを間違えている例があった。
この機会にそうした誤解をまとめて正したい。
前回は時間に追われて書いてしまったので、説明不足のところがあった。そこで今回は図解入りで分かりやすく説明することにした。
まずはこの図。(クリックすると拡大します)
粒子の運動を表わした図である。見ての通り、縦軸が時間、横軸が空間。
青と紫の線は、粒子の軌跡を表わしている。粒子はこの図の左から右へと飛んでいる。
この図では、粒子の速度は角度で表わされる。角度が垂直だと移動していないことになる。つまり速度はゼロ。速度が上がるにつれて線は傾く。
この図では光速は45度である。つまり45度以上傾いている軌跡は超光速ということになる。
この図に描かれたタキオン(紫の軌跡)は、光よりも少し速い。しかし、時間を逆行しているわけではない。ちゃんと過去から未来に向かって進んでいることがお分かりになるだろう。
普通の粒子は光速に達することはない。つまり軌跡は45度にならない。
タキオンも光速まで遅くなることはできない。つまり、やはり軌跡は45度にならない。
上の図では粒子は左から右に飛んでいるので、線は右に傾いているが、当然、左に向かって飛ぶこともできる。その場合、軌跡は垂直線より左に傾く。
一方、タキオンでは軌跡は水平線より下に傾くことができる。
普通の粒子とタキオン、その速度の範囲はこのようになる。(左側と下側の空白部分は、話が面倒になるので省略している)
タキオンが過去に戻るというのは、こういうことである。
さっきも説明したように、この図では、水平の軌跡は速度無限大を表わしている。タキオンはそれよりさらに傾ける。速度無限大より速くなれるのだ。
その結果、出発した時刻よりも過去に戻れることになる。
速度は距離/時間。この場合、時間がマイナスになっているのだから、速度がマイナスになったわけである。
ここまで分かっていただいたところで、
よくある誤解1
これはなまじ特殊相対論を知っている人がよくやる間違いである。
特殊相対論の有名なこの公式を見ていただきたい。
m0は粒子の静止質量(静止した状態での質量)、mは運動している粒子の質量、vは粒子の速度、cは光速である。
vが大きくなってcに近づくにつれ、分母が小さくなり、質量mは大きくなってゆく。粒子を加速するために投入されたエネルギーが、質量に変わると考えればよい。
v=cでは分母が0になるので、mは無限大になる。
粒子の速度を光速にするには無限大のエネルギーが必要だが、そんなことは不可能。だから質量を持った粒子が光速に達することはできない。
ただしタキオンは(もし存在するなら)生まれた時から超光速であり、決して光速にはならないので、「光速の壁」は問題にはならない。
ここでvがcより大きくなると、分母が虚数になる。たとえばv=2cなら分母はルート−3になってしまう。
これで「超光速粒子の質量は虚数だ」と思いこんでしまう人が多い。
そうではない。
タキオンの場合、静止質量m0が虚数だと仮定するのである。そうすると分子と分母の虚数が打ち消され、mは実数になる。
「虚数の静止質量って何だ!?」と言われそうだが、そもそもタキオンは静止しないのだから、タキオンの静止質量なんてものは観測できない。あくまで方程式の上で「静止質量は虚数」と置いているだけで、そんなものが実在しているわけではないから、考える必要などない。
よくある誤解2
「ニュートリノには質量があることが分かっている。超光速粒子には質量はないはずだから、ニュートリノは超光速ではない」
これは誤解1と同じ。タキオンは(もしあるとしたら)実数の質量を持っているはずだ。だから質量のあるニュートリノがタキオンであってもおかしくはない。
よくある誤解3
「速度無限大を超えられるはずがない。無限大より大きいものなどあるはずがないからだ」
「光速の壁」と違い、「速度無限大」というのは絶対的なものではない。光速はどんな立場から測定しても一定だが、「速度無限大」は立場によって異なるのだ。
これは特殊相対性理論から導かれる「同時の相対性」を考えれば分かる。
これは地球(青い軌跡)から光に近い速さで宇宙船が遠ざかっているところ(緑の軌跡)を表わした図である。(時間の遅れについては、面倒になるのでこの図では省略している)
地球も秒速30kmで太陽の周囲を公転しているが、光速(秒速30万km)に比べれば十分に遅いので、ここでは分かりやすく、静止しているとみなすことにする。
水平に描かれた線が同時刻面。本当は面なのだが、ここではそれを横から見て、黄色い線で表わしている。
地球から見た同時刻面は、ご覧の通り水平である。地球にいる人の立場からは、地球で現在が時刻Cである時、宇宙船の現在も時刻cであるように見える。(この「見える」というのは比喩表現で、実際に見えるわけではない。念のため)
ところが、光に近い速度で地球から遠ざかっている宇宙船から見ると、同時刻面はこんな風に傾いている。
宇宙船内の時刻がcである時、それと同時なのは、地球のCではなくBなのである。
地球と宇宙船の中では、「同時」が異なるのだ。「同時」というのは、観測者によってばらばらなのである。
つまり絶対的な「同時」などというものは存在しない。
粒子の速度無限大というのは、粒子が発射と「同時」にターゲットに命中することを意味する。
ところがその「同時」というのは、ある観測者からは発射した後でターゲットに命中したように見え、別の観測者からは発射する前にターゲットに命中したように見える。(繰り返すが「見える」というのは比喩表現である)
これが「光速の壁」と違うところである。
この「同時の相対性」を応用すれば、光より少し速いだけのタキオンでも、過去に情報を送ることが可能である。
地球から光速に近い速度で遠ざかっている宇宙船に向かって、タキオンで通信を送る。宇宙船はそれをただちに地球に送り返す。
すると、通信を送信した時点Bより前のAの時点に、信号が戻ってくることになる。
よく見ていただきたい。地球側が送信するタキオンの軌跡の傾きは、水平(同時刻面)より小さい。つまり地球から見てタキオンは未来に向かって飛んでいる。
一方、宇宙から送り返すタキオンの傾きも、同時刻面より小さい。つまり宇宙船から見たタキオンも未来に向かって飛んでいる。
どちらも未来に向かってタキオンを飛ばしたはずなのに、タキオンは過去に到着するのだ。
ここで述べたことは僕が考えたのではなく、何十年も前から物理学者の間で議論されていたことである。
僕が初めて知ったのは高校時代、都筑卓司『タイムマシンの話』(講談社ブルーバックス)で読んだ。初版は昭和46年。何年か前に新装版で復刻したので入手可能なはずである。