『ニセ科学を10倍楽しむ本』文庫化

 2010年に楽工社から出版された『ニセ科学を10倍楽しむ本』が、筑摩書房から文庫になりました。

ちくま文庫 950円+税

 5年前に自分のホームページに書いた文章から、そのまま引用します。

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ニセ科学っていったい何?」

 大阪大学の物理学者・菊池誠さんは、ニセ科学について、「科学をよそおってはいるが、科学ではないもの」と定義しています。

「波動」「アルファ波」「フォトン」「マイナスイオン」などなど、一見科学的に見える言葉を使ったり、もっともらしい実験をやってみせたりして、科学的なように見せかけているものの、実はぜんぜん科学的ではないもの――それがニセ科学です。

 ニセ科学は、あるはずのないことを「ある」と言い、できるはずのないことを「できる」と言います。正しいことを「まちがいだ」と言い、本当のことを「ウソだ」と言います。「水は字が読める」とか、「水だけで自動車が走る」とか、「進化論は間違っている」とか、「アポロは月に行っていない」とか。

「そんなバカバカしい話を信じているのは、ごく一部の人だけじゃないの?」 

 いいえ、ちがいます。今の世界にはたくさんのニセ科学がはびこっていて、中には何百万人、何千万人もの人が信じてしまっているものがあるのです。

 たとえば中高校生から40代までの日本人1000人を対象に行なわれた調査では、「アポロは月に行っていない」と信じている人が18.5パーセントもいるという結果が出ています。

 9.11テロの真犯人がアメリカ政府だと信じている人は、アメリカ人の15パーセントもいます。

 進化論を信じていないアメリカ人は44パーセントもいます。

 有名な芸能人や、政治家、学校の先生などがニセ科学を信じてしまっている場合もよくあります。科学者の中にもニセ科学をとなえる人がいます。

 あなただって、この本に出てくるニセ科学のいくつかを、すでに信じているかもしれません。血液型性格判断とか地震雲とか『ゲーム脳』とか『買ってはいけない』 とかを。

「でも、おかしな考えをただ信じているだけなら、害はないんじゃないの?」

 そうでしょうか?

 ニセ科学の中には、高い商品を売りつけるもの、健康に害があるもの、人を不安にさせるもの、危険な考えを吹きこむものがあるのです。そうしたことを信じてしまうと、お金を損したり、病気になったり、怪しい宗教や危険な政治思想ににハマったりします。時には死んでしまう場合だってあります。

 それだけではありません。「アポロは月に行っていない」とか「相対性理論は間違っている」といった主張は、偉業をなしとげた人たちをウソつきや無能よばわりしています。そうした説を無責任に人にしゃべったり、ブログに書きこむことで、あなたはそうした人たちの名誉を傷つける行為に加担しているのです。

「そんなもの、禁止してしまえばいいじゃない」

 いいえ。言論の自由というものがあります。名誉毀損やウソの宣伝の場合を別にすれば、ただ単にまちがっているという理由で言論を禁止することはできません。

 犯罪をこの世からなくすことができないのと同じで、ニセ科学をこの世からなくすことはできません。何十年も前に生まれたニセ科学が今でも生き残っている一方、新しいニセ科学が次から次に生まれてくるのですから。せいぜい、ひっかからないように、自分で用心するしかないのです。

「どうすればニセ科学にだまされずにすむの?」

 いちばんいいのは、ニセ科学に興味を持つことです。ニセ科学とはどういうものか、どんな種類があってどんなふうにまちがっているのかをあらかじめ知っておけば、そうしたものに出会ったときに、「あっ、これはニセ科学じゃないか?」とピンとくるでしょう。

 この本のタイトルを『ニセ科学を10倍楽しむ本』としたのは、多くの人にニセ科学に興味を持っていただきたいからです。「ニセ科学なんて興味ないよ」と無視して、本当のことを知ろうとしなければ、かえってニセ科学にだまされてしまいます。

「でも、科学の話なんてむずかしいんじゃない?」

 ご心配なく。かたくるしい書き方をさけ、中学生の夕帆ちゃんという女の子を主役に、中学1年生ぐらいの学力でも理解できるような楽しい読み物にしましたから。

 ニセ科学そのものはデタラメでも、それがどうデタラメなのかを知るのは、きっとあなたの役に立つはすです。

第1章 水は字が読める?

 夕帆ちゃんの通う中学の先生が、「水は字が読める」「〈ありがとう〉と書いた紙を容器に貼るときれいな結晶ができる」なんて、おかしなことを言いはじめた。

 同じことを教えている先生は日本中におおぜいいるという。これは大問題だ! パパは学校に出かけていって、先生と話をする。

第2章 ゲームをやりすぎると「ゲーム脳」になる?

 田舎からやってきたおばあちゃんが、夕帆ちゃんがテレビゲームを1日1時間やっていると知って心配する。

「それは大変! ゲームのやりすぎよ! ゲーム脳になっちゃうわ!」

 学校の先生や親たちも信じているという「ゲーム脳」。それっていったいどういうもの? 本当にゲームが有害だという証拠はあるの?

第3章 有害食品、買ってはいけない

 また輸入食品から基準値を超える残留農薬が発見されたというニュース。それを見て夕帆ちゃんのママはひどく心配する。

「基準値の2倍だなんて、すごく危険じゃない」

 本当に残留農薬食品添加物ってそんなに危険なんだろうか。実は「危険だ」「危険だ」と騒ぐ声にだまされていないか?

第4章 血液型で性格がわかる?

 友達の青葉ちゃんが夕帆ちゃんの家に遊びに来た。

「AB型の人は二面性がある」

「B型って性格がひねくれてる」

 などと決めつける青葉ちゃん。

 今や日本人の多くが信じている血液型性格判断。でも、根拠はあるんだろうか。そもそも言い出したのはいったい誰?

第5章 動物や雲が地震を予知する?

 夕帆ちゃんの友達の勇馬くんの飼っている犬が、地震の前日になぜか騒いだという。

 動物が地震を予知するというのは本当だろうか? そして地震の前に発生すると言われる「地震雲」の正体は?

第6章 2012年、地球は滅亡する?

 2012年に地球が大災害に見舞われるという映画を観てきた夕帆ちゃんと勇馬くん。帰りに書店に寄ると、タイトルに「2012年」「アセンション」「フォトンベルト」などとついた本がいっぱい並んでいた。

 天文学者によれば、2012年に地球はフォトンベルトというものに突入するのだそうだ。それほんと?

第7章 アポロは月に行っていない?

 夕帆ちゃんの友達の流菜ちゃんが、インターネットで見つけた話をする。

「アポロが本当は月に行ってないって知ってた?」

 アポロ11号の月面着陸はアメリカのでっち上げで、その証拠もいっぱいあるというのだ。

 興味を持った夕帆ちゃんは、この問題について調べて、夏休みのレポートを書く。ウソをついているのはいったい誰?

第8章 こんなにあるぞ、ニセ科学

 世の中にはまだまだニセ科学がいっぱいある。マイナスイオンゲルマニウムブレスレット、フリーエネルギー、ホメオパシー、反相対論、911陰謀説、インテリジェント・デザイン論……だまされないようにしなくっちゃ!

エピローグ うたがう心を大切に

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 ご覧のように、この5年間で古くなってしまった話題もあります。特に第6章。2012年、過ぎちゃいましたしね(笑)。

 全面的に書き直そうかとも思ったんですが、そうなると第6章はまるごと削らなくちゃいけない。また『水からの伝言』や『ゲーム脳の恐怖』のブームなども、また同じようなことが起きないよう、特に若い人たちの参考になるよう、本の形できちんと残しておくことに意義があると思いました。

 そこで文庫版は、楽工社版をほぼそのままの形で再録しつつ、各章末に、この5年間に起きた変化について追加情報を入れることにしました。第1章では「江戸しぐさ」、第2章では「非実在青少年」問題、第3章では2014年の上海福喜食品の食品偽装事件、第5章では2011年の東日本大震災……といった具合です。

 文庫化にあたって、イラストも一新しています。表紙もかわいいですけど、各章扉の絵もいいんですよ。

 書店で見かけたら、ぜひお手に取ってください。