それは僕が書いたんじゃありません

 僕に関するデマが流れることは前から何度もあったんだけど、先月、またデマが流れた。  このブログを僕が匿名で書いたというのである。 王様は裸だ! と叫ぶ勇気 〜伊藤計劃『ハーモニー』の崩壊〜  読んでみて、なるほど、いかにも僕が書きそうな文章だなと思った(笑)。  この人などもそう考えているらしい。 『ハーモニー』『虐殺器官』を批判する匿名記事を読んでいて気づいたこと  なんかいかにも推理っぽいことを書いてるけど、まったく見当はずれの迷推理。僕はこんなブログ書きません。  第一に、僕はそもそも『ハーモニー』も『虐殺器官』も読んでない。  なぜ読んでないかというと、僕は天邪鬼なもんで、まわりが「すごい」とか「傑作だ」と盛り上がってると、逆に読む気をなくすんである(笑)。ダン・シモンズの『ハイペリオン』を読んでないのもそう。評判になればなるほど読みたくなくなる。それよりも、あまり注目されないけど自分なりに面白いと思う本を見つけるのが好きなのだ。アーネスト・クライン『ゲームウォーズ』みたいに。 ビブリオバトル・チャンプ本『ゲームウォーズ』  第二に、この人とは意見が違う。たとえば「The Indifference Engine」は読んでるけど、「アイデアから構成からテッド・チャン「顔の美醜について」にそっくり」とは思わなかった。アイデアが同じでもストーリーが違えば別の作品だ、というのが僕の持論である。そうでなかったら、『地球移動作戦』なんて書くか(笑)。 (もっとも、「顔の美醜について」が「あなたの人生の物語」より優れているという点については同意する。「顔の美醜について」はもっと評価されるべきだと思う)  第三に、確かに僕は現役の日本SF作家を批判することは避けている。問題が起きそうだから。  でも故人、それも亡くなって何年にもなる人に対しては躊躇しない。以前からこのブログをお読みの方なら、僕が栗本薫氏についてどう書いていたか、ご記憶のはずだ。 フィクションにおける嘘はどこまで許される?(後編) クリプトムネジアの恐怖・1  だから僕がもし伊藤計劃氏を批判しようと思ったら、堂々と実名でやる。匿名になんかしない。  そもそも僕はパソコン通信の時代から、ずっと「山本弘」というハンドルで通している。別ハンドル使ったことなんか一度もない。  なぜかというと、僕は自分が信じられないから。  人間は匿名になるとどんなおぞましい発言でも平気でやる。げんに今もネットにはそんな発言があふれている。僕は自分がそんな風に暴走しない自信がない。だから自分に枷をはめるため、決して匿名は使わないと決めている。  まあ、これぐらいのデマだったら些細なことで、笑って許せた。僕は10月27日のツイッターでこう書いた。 https://twitter.com/hirorin0015/status/658912910110928896 >このブログの作者が僕じゃないかという憶測が流れてる。違いますよ! 僕は『ハーモニー』読んでないから。  これでこの件は収まったと思っていた。ところが、後になって調べ直してみたら、笑いごとじゃないことが起きていたことが分かった。検索していたら、こんな意見が見つかったのである。 >これ、絶対に「山本弘の文章を模倣して書いた」というのが分かる極めて悪質な文章。読む人間が読めば、氏の使う文章の特徴的な言い回しがモロに出てて、あいた口がふさがらない。  実は僕の書いた前述のツイッターにも、他の人からこんなリツイートが来ていたのだ。 >この記事、言葉使いや文章構成があまりにも山本先生っぽいんですよね…「僕はひっくり返った。」とか、と学会本で何度も目にした言い回しですし。これは誰かが「山本弘は人気作を匿名でしか批判できない卑怯な奴」という印象を広めるために意図的に似せてるんでしょうか?  僕はすぐに「そんな陰謀論は唱えたくないです。このブログの作者に失礼だから」と答えたんだけど、どうも他にも陰謀論を唱えてた人がいたようなのだ。つまり、僕に関するデマは収束したけど、その代わり、ブログの作者に対するデマが生まれたらしいのである。  僕一人がデマを流されるならともかく、無関係な人までとばっちりくらって「極めて悪質な文章」なんて書かれるとは、きわめて不愉快である。  だいたいこの文章、本当に僕に似せて書いてるように見えるのか? 内容はともかく、文体が違うだろ。  僕はこんな頻繁に段落を変えません!  僕の文章を読んでいたら、1行のみの段落というのがほとんどないことに気づくはず。何行もある段落がいくつも続いていて、その合間に、ぽつっと1行のみの段落が入る(上の「なぜかというと、僕は自分が信じられないから」なんかがそれ)。  これは僕は眉村卓氏の小説から学んだ技法で、長い段落の中に「だが」とか「しかし」とかいう短い段落が入ると、とても効果的なんである。僕の文章を真似するんなら、段落の長さなんていういちばん目立つ部分を真似しなきゃいかんだろ。つーか、何でわざわざ僕のふりをする必要がある?  だから僕は、このブログの作者が、わざと僕の文章に似せたなんて思わない。「極めて悪質な文章」なんていうのは、それこそ悪質な誹謗中傷である。迷推理を披露した方々、反省してほしい。