『風立ちぬ』吹き替え版希望

 宮崎駿の飛行機好きが大爆発した映画。とにかく飛行機だらけ! 一次大戦と二次大戦の合間の航空機開発史が、虚実織り交ぜて語られる。飛行シーンもいいんだけど、ディテールがたまらない。沈頭鋲の採用とか、空母への着艦とか、ユンカースG38の翼の中とか。波形外板のアップなんて、美しくてため息が出る。設計のシーンで計算尺が頻繁に出るのもいいなあ。

 飛行機以外の描写も素晴らしい。大正から昭和初期にかけての日本が見事に再現されている。

 関東大震災のシーンの演出にも感心した。東日本大震災を想起させないようにという配慮なのか、アニメ的誇張とリアリティがうまくミックスされている。

 ゼロ戦の開発者の話でありながら、太平洋戦争の開戦から終戦までをすっぱりカットしたのも大胆だ。凡庸な監督なら、真珠湾攻撃とか原爆投下とか玉音放送とかの場面を入れたくなるであろうに。

 宮崎駿が描きたかったのはあくまで美しい飛行機であって、戦争じゃないのだ。

 しかし、戦争を真正面から描かなくても、声高に「戦争反対!」と叫ばなくても、随所に反戦メッセージは明瞭に織りこまれている。(96式陸攻が登場するシーン、作中で明言されてないけど、あれ重慶爆撃だよね?)

 特にゼロ戦が飛ぶラストが感動的。ここは涙が出た。

 本当にいい映画なんだよ。

 ただ一点を除いては。

 そう、庵野の演技!

 危惧していた通りだった。素人にしては少しはましだけど、『トトロ』の糸井重里とどっこいどっこいという程度。ラブシーンでもコミカルなシーンでも緊迫したシーンでもみんな棒読みなもんで、もうイライラしてイライラしてイライラして〜っ!

 それでも途中までは、「こういう喋り方をするキャラクターなんだ」「きっとこれが演出の意図なんだ」となんとか思いこんで観ようとしてたんだけど、貧しい子供たちにシベリア(カステラに餡をはさんだ菓子)を恵んでやろうとするシーンで、もうだめ。擁護できなくなった。

「感情を抑えた喋り方」と「演技が下手で感情がこめられない喋り方」はぜんぜん別だろう!

 そもそも庵野秀明の演技の経験なんて、昔、バグジェルと戦った程度のはず。何でそんなド素人に映画の主役やらせんだ。

 おかしいだろ。

 宮崎監督って実は「声オンチ」なんじゃないかという気がひしひしとする。オンチの人に音楽の良し悪しが、味覚オンチの人に料理の良し悪しが分からないように、声による演技の良し悪しが分からない「声オンチ」の人がいて、それは作画や演出の才能とはぜんぜん別なんじゃないかと。

 そうとでも考えないと説明つかないのだ。

「本職の声優にやらせろ」なんて狭量なことは言いません。実際、この映画でも、野村萬斎や西村雅彦や大竹しのぶの演技はちっとも悪くなく、違和感なしに聴けた。

 ダメなのは主役だけ。

 主人公の声だけ吹き替え直したバージョン、出してくれませんかね。出たらDVD買うから。

 あと、映画本編とは関係ないんだけど、映画館で600円で買ったパンフレットにがっくり。

 飛行機の映画なのに、出てくる飛行機についての解説がまったくない!

 立花隆が七試艦戦と九試単戦について、ちらっと触れてる程度。劇中にあれだけ長く出てくるユンカースG38やカプロニCa60について、一行も説明がないの。

 たとえて言うなら、怪獣映画のパンフレットで、出てくる怪獣についての解説がないようなもの。

 このパンフ作った奴、この映画の内容をまったく理解してないんじゃないか? これ、飛行機映画ですよ?

 話題になった喫煙シーンについても触れておく。

 確かに劇中、しつこいぐらいにタバコを吸うシーンが出てくる。僕は観ながら、「これは監督の計算の内だな」と思ってた。「戦争に協力した人間を美化するとは」という、当然出てくるであろう批判をかわすために、「この時代は現代とは善悪の判断基準が違うんだ」というのを強調してるんだろうと。

 今でこそ喫煙は悪とされてるけど、あの時代はそうじゃなかった。喫煙が悪いことだなんて、ほとんどの人は思ってなかった。戦争も同じ。

 つまり「戦争に協力」と「喫煙」はパラレルな関係になってる。「当時の人間の考えや行動を今のモラルで批判するな」と言外に述べてるんである。

 実際、日本禁煙学会の抗議に対し、ほとんどの人は「何をバカなこと言ってんだ」と逆に笑ったり腹を立てたりしたはず。その点では、みんな監督の意図を正しく受け止めたと思っている。

 繰り返すけど、映画本編は大変に良かったと思う。

 主役の声を除いては。