コミケの困ったちゃんの話(前編)

 12月30日はコミケのサークル参加。夏コミは申し込みの不備で落選したもので、1年ぶりのサークル参加である。  新刊の『世にも不思議な物語』の資料本、60部持って行ったのが、昼頃には完売した。こんなマイナーな番組の本が売れるかどうか疑問だったので、持ち込み数を絞ったんだけど、その予想が裏目に出た形。嬉しい誤算というやつである。  いつものことながら、同人誌の印刷部数には悩む。今回みたいに予想以上に売れることもあるが、「これはきっと売れる」と思ってたくさん刷った本がさっぱり売れなかったことも何度もある。こればっかりは晴海時代から四半世紀もコミケにサークル参加してても、いまだに読めない。  まだ30部ぐらい家に余っているので、夏コミでまた売ろう。  逆に、前年は売れた『チャリス』が今回はイマイチ。それでもちょくちょく、4冊まとめて買っていく方がおられて、嬉しくなる。  ちなみに今回、娘は開田裕治さんのブース(壁際)で売り子をさせた。娘はまだ17歳。18禁の本を売らせるわけにはいかないからである。来年は18になるので、「これで18禁のBL同人誌が買える!」と本人も張り切っているのだが(笑)。  今年の娘のコスプレは、キョウリュウグリーン=ソウジ。緑色の学生服は妻の力作である。ガブリボルバーを入れるホルスターは『てれびくん』の全プレだが、子供用なのでベルトの長さが腰周りに合わず、妻が大改造を施した。  来年の夏コミは『Free!』の鮫柄学園水泳部のジャージの予定。もうすでにほぼ完成しているという恐るべき事実。  さて、ブースにはたくさんのお客さんが来ていただいて、本当にありがたかった。 「新刊読みました」とか「ずっとファンです」とか言われると、やる気が湧いてくる。サインを求められることもある。もちろんサインぐらいいつでも喜んでする。  しかし、不愉快な思いもしたことも報告しておかなくてはならない。  開始早々、マイミクのNくんに店番を頼んで、一時間ほど買い物に行った。  ブースに戻ってみると、客の相手をしていたNくんが、僕の接近に気づき、手の平をこっちに突き出して、「来るな」というサインを出している。  これは……「厄介な客が来てる」というサインか!?  事前にサインの取り決めをしていたわけではなかったが、僕はとっさにそう判断して、Nくんの後ろを素通りした。客が「あれ? 山本先生?」と声をかけたが、無視して歩み去った。  遠くから様子を伺っていると、案の定、その客はなかなか立ち去らない。僕はしかたなく、会場を回って10分ほど時間を潰した。  しばらくして戻ってみると、その客の姿はなかった。僕が「厄介な客だった?」と訊ねると、Nくんは「厄介な客でした」と苦笑する。それ以上、深くは訊ねなかった。  とりあえずいなくなってくれてほっとした。今度はNくんが買い物に出ることになり、僕は売り子を交代した。  ところが……。  そこに戻ってきたのである、さっきの奴が! 「山本先生、私、XX(仮名)です」  ああー! あいつかー!  以下の文章を読んで、もしかして「山本弘はファンをこんな邪険に扱うのか」と誤解する人がいるかもしれないので、事前に説明しておく。  こいつ、僕のファンなんかじゃねーから!  いや僕も以前は、てっきり僕のファンだと思いこんでたんだよ。mixiで頻繁に長文のメッセージ送ってくるから、やけに熱心な人だなあと。  そのメッセージの内容というのは、自分の好きな映画とかテレビ番組とかの話題を長々と書いて、最後の方にちょこっとだけ、「山本先生はどう思われますか?」とか書いてあるの。一度など、「お聞きしたいことがってメールをよこしました」原文ママ)という出だしで、最後まで質問が書いてなかったことがあった(笑)。 「お気に入り映画20本を教えてくださりますと助かります」と書いてきたこともあった。「助かります」って何だよ? 僕が映画タイトルを20本挙げたら、君がどう助かるっちゅーの? だいたい、僕が見た何百本もの映画から、20本を選出するって大変な作業だよ。『映画秘宝』あたりから依頼されたら、丸一日考えちゃうよ。 君はなぜ僕にそんな作業を要求するの? 僕はなぜ原稿料ももらえないのにそんな作業しなきゃならんの?  もちろんそんな要求、拒否したけど。  あと、「お聞きしたいことがってメールをよこしました」でも分かるように、こいつの文章はデタラメである。山本弘先生は西部劇だけどSFでもあるでというSF小説のは何所まであるんでしょうか?」原文ママ)とか、平然と書いてくるの。  不思議なことに、彼のmixiのコミュとかでの発言を見ると、その気になればきちんとした文章が書けるんである。僕に送ってくる時だけ「お聞きしたいことがってメールをよこしました」になるのだ。  つまり、僕にメッセージを送信する前に、まったく推敲してないってことなんだよね。  一度、いくらなんでもそれは失礼だと叱りつけた。そしたら、一時的は反省したんだけど、その後もぜんぜん直らない。あい変わらずのデタラメな文章でくだらないことをえんえんと書いてくる。  しかも「文書にまとまりがなくてすいません」(原文ママ)なんて書いてあったりする。つまり自分の文章(「文書」ではない)にまとまりがないことを自覚してるんである。なのに「送信する前に直そう」とは思わないらしいのだ。  ある時、彼からのメッセージを読んで愕然となった。  彼が僕の小説をまったく読んでいない、それどころか『MM9』や『去年はいい年になるだろう』を書いていることも知らないということが、その文面から分かっちゃったのである。  それでようやく気がついた。これまで、こいつからのメッセージには、自分の見た映画やテレビ番組の感想ばかりで、僕の小説の感想なんかまったく書かれてなかったということに。  つまり「何だかよく知らないけど山本弘という作家がいて、僕の話を聞いてくれてる」という程度の認識だったのだ。  その時の僕のショックと落胆をどう表現したものか。今までファンだと思っていたから返事を書いてやっていたのに、裏切られた気分だった。  もう一度叱りつけたら、逆ギレしたメッセージが返ってきた。例によって「僕も本気呆れ返れました」原文ママ)とか文法デタラメで支離滅裂だった(笑)。僕はもうこいつとのコミュニケーションは無理と判断して、メッセージを受信拒否に設定した。  それが2010年4月のこと。あの時、僕はもう彼との関係は切れたと思ってたんだが……。 (つづく)