鬼怒川水害をめぐるデマ・2

 こういう事件が起きると必ず出るのが差別デマ。今回も出るだろうなと予想してたら、やっぱり、こんなことをツイートしている奴がいた。

>@aki21st 日本を守る!んですよね 徐々に水が引き始めたら 見知らぬ輩が家の様子を伺って回ってるそうです

>そう 阪神・東日本の震災の時に横行した強姦や空き巣を生業としている在日系の暴力集団が既に出始めてるらしいですよ ぜひともSEALDsの組織力で防犯活動してください

>@mom_kafa 震災の時と一緒です 警察が手が回らないので 泥棒団が被災地にやってきます 女性一人で家の中にいることは極力避けてください 強姦も奴らの目的の一つですから

>古くは関東大震災の時からの手口です

 阪神淡路大震災の時に「強姦が多発した」という話が嘘であることは、以前、ASIOS編『検証 大震災の予言・陰謀論』(文芸社)という本で書いたので、そこから引用させていただく。

http://www.amazon.co.jp/dp/4286116778

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 2011年3月11日、東日本大震災発生の直後の午後3時頃から、ツイッターでこんな情報が拡散した。

阪神淡路大震災のとき、地震で、朝鮮人によるレイプ多発の事実と、放火説があります。みなさん、どうか、どうか周知をお願い致します」

 同じ日の夜にはこんなメッセージも拡散した。

「【警告】これから夜になります。阪神大震災で最後に最大に悲惨に襲った災害は『治安悪化』による『人災』です。大切な人を守って下さい。一人でいる人は、知り合いと小さくても良いのでコミュニティを作ってください。大切な仲間をお互い守るときです。⇒東京は在日朝鮮人、中国人がウヨウヨいます」

 阪神淡路大震災の直後、レイプが多発したという話は、当時、地元の『神戸新聞』をはじめ、『朝日新聞』『日刊ゲンダイ』『報知』『日刊スポーツ』『週刊文春』『現代』『FLASH』など、多くの新聞・雑誌で取り上げられた。

 今回の東日本大震災でも、被災地でレイプが多発しているという話が流れている。仙台市の歓楽街では、「夜間外出する女性を狙ったレイプ集団がいる」という話がキャバクラ嬢などに信じられていた。

■真相

【「レイプ多発」の根拠は1人の女性】

 阪神淡路大震災での「レイプ多発」の記事を調べたライターの与那原恵氏は、おかしなことに気づいた。それらの記事にはどれも、被害者自身の談話がまったく載っていないのだ。被害者の診療にあたった医師も、事件を扱った弁護士も出てこない。この件について『週刊文春』に寄稿した女性ライターも、被害者に直接会ったことはなく、「知り合いの保健婦から聞いた」「知人の恋人が被害に遭った」という伝聞でしか知らなかった。

 さらに与那原氏は、「レイプ多発」の話の情報源がたった一人の人物であることに気づく。「女性のこころとからだ」という電話相談を主宰するHという女性だ。Hさんの話によれば、24時間電話を受けられるように、事務所にはカウンセリングのスタッフを9人置いたという。彼女がマスコミなどに提出したデータによれば、震災の翌月の2月17日から電話相談をはじめ、4ヶ月間で1635件の電話相談があり、うち37件がレイプやレイプ未遂に関するものだったという。

 しかし、奇妙なことに、同じような電話相談を受け付けている関西の他の団体には、そのような報告がまったくないのだ。「ウィメンズネット」「被災女性を支える女たちの会」「性暴力を許さない女の会」「みずグループ」といった女性団体、YMCAが中心となって開設した「犯罪被害者相談室」、兵庫県こころのケアセンター・震災ストレスホットライン」、いずれも震災後にレイプに関する電話相談はゼロ。唯一、「兵庫県立女性センター」に1件だけあったが、それも相談者が途中で切ってしまったので内容は分からないという。それなのに「女性のこころとからだ」にだけ37件ものレイプに関する電話があったというのは、きわめて不自然だ。

【根拠がなかったレイプ件数】

 与那原氏はHさんに会い、いくつもの矛盾を問いただす。

 Hさんは電話相談をはじめる際、避難所などに3000枚のチラシを撒いたと言っている。だが、そのチラシの実物を見た者がいない。Hさんは「最初は百枚だったかな」と言う。

 また、Hさんは2月17日から電話相談をはじめたことになっているが、実際は震災直後から知り合いの家に避難していて、落ち着いたのは4月か5月だという証言がある。Hさんは「始めた時期はちょっとはっきりしないわ」と言葉を濁す。2月から電話相談をはじめたのではないなら、2月からのレイプ件数のデータもウソということになる。

 事務所にスタッフを9人置いていたというのもウソで、電話は1台しかなく、すべて自分1人で受けたとHさんは認めた。

「この相談件数もレイプ相談の内容もまったく根拠のないものだと、そういうことですね」と与那原氏が確認すると、Hさんは「あなたがそう思うなら自由に書いてもらっていいですよ」と答えた。

 また、Hさんは震災の日、自宅で家族とともに被災し、夫は本棚の下敷きになっていたと言っていた。だが、Hさんの夫の証言では、彼女は震災の時に家にはいなかったし、彼は本棚の下敷きになどなっていないという。

 つまり「4ヵ月で37件」の唯一の根拠である女性の証言は、きわめて信用ならないのである。

【統計が否定する「レイプ多発」】

 ただし、これははっきり言っておかなくてはならないが、阪神淡路大震災の直後にレイプ事件がまったくなかったわけではない。

 1995年、兵庫県警が認知した強姦事件は57件。これだけ見ると多いようだが、その前年の94年も57件だった。震災の被災地にある14の警察署に限っても、1月から11月の間に強姦の認知件数は15件、前年の同時期は19件。つまりレイプは確かにあったが、増えてはいないのだ。

 強姦事件は被害者が届け出ない例が多いので、実際の件数はこの数倍あると思われる。実際にはいつもの年より多かった可能性もないではない。しかし、統計上、震災後に強姦事件が増加したという証明がない以上、「震災直後にレイプが多発した」と主張するのは根拠のないデマである。

「犯人は朝鮮人」という話に至っては、まったく筋が通らない。顔つきで外国人と分かるならまだしも、犯人が在日コリアンかどうかは逮捕してみなければ分からないはずではないか。連続レイプ魔が逮捕されているなら、新聞にも載るだろうし、その犯行件数が兵庫県警の統計に反映されていなければおかしい。それとも犯人は「俺は朝鮮人だぞー」と言いながらレイプしたのだろうか?

 レイプ以外の犯罪はどうだろうか。被災地で大規模な治安悪化があったのなら、当然、警察の記録に残っているはずである。しかし、平成8年版の『警察白書』第7章には、前年の阪神淡路大震災の際に、警察が被災地をパトロールして「犯罪防止のための諸対策」を講じたとは書かれているが、治安の悪化についてはまったく触れられていない。同じ年の『犯罪白書』では、震災については、第1編第4章「オウム真理教関係者による犯罪」という項の冒頭に、たった1行の記述があるだけである。

東日本大震災でもレイプの増加はなし】

 今回の東日本大震災の場合はどうだろうか。

 キャバクラ嬢の間に流れるレイプ魔のうわさについて、『週刊ポスト』誌が宮城県警広報課に問い合わせると、こんな回答が得られた。

「そういう話はウチでは把握していない。宮城県警の方からキャバクラ嬢に働きかけをしているということもないはず。確かに強制わいせつ事件は2件あり、1件は逮捕し、1件は継続捜査中ですが、震災に関係あるといえるのか……。震災後も重要事件の発生は少ない。皆さん流言飛語にまどわされず、冷静に行動してほしい」

 実際、宮城県警のデータを見ると、平成23年の1〜6月の強姦事件は6件(前年の同期は12件)、強制わいせつは53件(前年の同期は70件)となっている。

 福島県警は月別のデータを発表している(なぜか平成23年4月のデータが欠落しているが)。それによると、平成23年3〜6月の強姦事件と強制わいせつ事件の認知件数は次の通り。

   強姦       強制わいせつ

3月 0件(前年1件) 10件(前年12件)

5月 3件(前年4件) 17件(前年32件)

6月 5件(前年5件) 25件(前年48件)

 見ての通り、強姦事件の数は去年に比べ横ばい、強制わいせつはむしろ減少している。

 確かにレイプは起きている。だが、「レイプがあった」と「レイプが多発した」はまったく違う話なのだ。ネットでは個々の例だけを取り上げ、レイプや強制わいせつが多発しているかのように錯覚させようと企む者がいるので要注意である。

 なお、空き巣や出店荒らしに関しては、確かに前年同時期より数十パーセント増加している。阪神淡路大震災と違い、混乱に乗じて略奪を働く者が多かったのは事実だ。だが一方で、自転車盗、万引き、車上ねらい、自販機ねらい、振り込め詐欺が大幅に減少しており、刑法犯の総数自体は前年より低下しているのだ。

■参考文献

『物語の海、揺れる島』(与那原恵小学館

河北新報』2011年3月20日「デマ横行『震災による不安心理が背景に』」

『読売新聞』2011年4月1日「震災絡みの悪質デマを公表…警察庁、立件も視野」

週刊ポスト』2011年4月15日号「被災キャバクラ嬢が怯える『集団レイプ魔』の流言飛語」

Togetter「地震のどさくさに差別をたれ流す人々」

http://togetter.com/li/110468

警察白書 平成8年版

http://www.npa.go.jp/hakusyo/h08/h08index.html

平成8年版 犯罪白書

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/37/nfm/mokuji.html

福島県警/刑法犯・性犯罪等の発生状況(3月)

http://www.police.pref.fukushima.jp/seianki/ph/bouhanjoho/k2303.pdf

福島県警/刑法犯・性犯罪等の発生状況(5月)

http://www.police.pref.fukushima.jp/seianki/ph/bouhanjoho/k2305.pdf

福島県警/刑法犯・性犯罪等の発生状況(6月)

http://www.police.pref.fukushima.jp/seianki/ph/bouhanjoho/k2306.pdf

宮城県警/刑事総務課/犯罪統計

http://www.police.pref.miyagi.jp/hp/keiso/toukei/toukei_index.html

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 これは4年前の8月に書いた文章なので、その後の情報を補足しておく。

『平成23年の犯罪情勢』(警察庁)より、この年の東日本大震災被災地のデータを見てみる。

https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/h23hanzaizyousei.pdf

>被災3県においては、発災直後、武装した犯罪グループによる略奪、性犯罪の多発等といった流言飛語が流布したが、特定の手口の窃盗を除き、いずれの罪種も前年同期に比べて減少している。強姦、強制わいせつについても、いずれも前年同期に比べて認知件数が減少し、震災に関連して発生したと思われる性的犯罪は数件にとどまっており、被災3県合計の検挙件数、検挙人員は、前年同期に比べそれぞれ減少しているが、検挙率は上昇している(図表2−2−(4))。

(12ページより)

 というわけで、「武装した犯罪グループによる略奪、性犯罪の多発」について、警察庁は「流言飛語」つまりデマと断言している。

 窃盗に関しては、福島県の空き巣と出店荒しのみ増加している。原発事故による長期間の避難の間に、無人の家やコンビニなどを狙ったものだ。当然、犯人は「武装」などする必要がなかっただろう。

 というようなことをツイッターで書いたら、ある人から非難された。要約すると、「過去に否定的データがあるから今回のはデマである」と主張するのは間違いだ、というのである。今回はデマじゃないかもしれないじゃないか、というのだ。

 冗談じゃない、阪神・東日本の震災の時に横行した強姦や空き巣を生業としている在日系の暴力集団」というのは、まさに「今回」流れているデマなのに、この人はそれが分かっていない。

 その人はこうも書いていた。

>(ありえないと思いますが)「暴力集団が増えてそれ以外の暴行が減り、認知件数は一定」と仮定することも不可能ではない。すると「認知件数が増えていないデータ」と「暴力が横行」のデマが矛盾しなくなってしまう。データがデマへの有効打になってないのでは、と

 それに対する回答は、上に示したように、僕は4年前に書いている。〈しかし、統計上、震災後に強姦事件が増加したという証明がない以上、「震災直後にレイプが多発した」と主張するのは根拠のないデマである〉と。

 そもそも「仮定することも不可能ではない」というのは、あまりにも万能すぎて、うかつに使うのは危険な論法である。「警察庁のデータは何者かによって改竄されていると仮定することも不可能ではない」とか「山本弘は某国の工作員であると仮定することも不可能ではない」とか、何でも言えてしまうではないか。

 あるいは「宇宙人が地球に潜入していて、普通の人間に化けてそこらを歩き回っていると仮定することも不可能ではない」とか「この世界は高度な知性によって創られたコンピュータ・シミュレーションであると仮定することも不可能ではない」とかいったことだって言える。ええ、そうですよ。不可能じゃありませんよ。

 つまり「仮定することも不可能ではない」という論法を使えば、あるデマをいつまでたっても否定できないことになってしまう。「仮定」はいくらでもひねり出せるのだから。

 警察庁が「流言飛語」と断言していることを、「デマではないかも」と主張するのは、警察庁の結論を否定することである。そんなことを主張するからには、当然、警察庁のデータを上回る根拠がなくてはならないはずだ。「仮定することも不可能ではない」などという、あやふやな話では根拠にならない。

 このブログで、僕は前にこう書いた。

 だから、「噂は完全に否定されるまではデマではない」と考えてはいけない。「噂は事実だと証明されるまではデマ」と考えるのが正しい。

 僕を批判してきた人は、話してみて分かったのだが、べつにレイシストに肩入れしているわけではなく、可能な限りフェアであろうとしているらしい。もちろん主張はフェアであるべきだが、それが行き過ぎている。

阪神・東日本の震災の時に横行した強姦や空き巣を生業としている在日系の暴力集団が既に出始めてるらしいですよ」というのは、今まさに多くの人を傷つける可能性のあるデマである。それに対して「仮定することも不可能ではない」という論法で擁護し、手をこまねいているのは正しいことではない。放っておけば、このデマを信じる人間がさらに増えるかもしれないのだから。

 たとえて言うなら、「暴力は絶対にいけない」という主義主張を貫くあまり、目の前で暴漢が暴れているのを力ずくで止めようとしないようなものだ。それは本末転倒であり、正義ではないと、僕は思う。