『インディアナポリス問題』大事なこと

 以下は『トンデモ本の世界・日本のタフー編』からの引用である。

あとがき

 無知が差別を生む

                       SF作家・と学会会長 山本弘

 二〇一三年五月上旬、東京都中央卸売市場食肉市場ビルにある「お肉の情報館」を見学してきた。JR品川駅から徒歩五分ぐらい。交通の便のいい場所である。

 スペースはそんなに広くないが、展示は面白い。芝浦と場の歩みの解説、牛の皮や、実際に解体作業に使われていた刃物の実物、枝肉や内臓の実物大レプリカなど。

 一番の売りは、牛や豚の解体作業の映像をビデオで見られること。 他のと場では、差別を助長することになるんじゃないかと、そういう映像はあまり外に出したがらないらしい。なので、こういう映像が見られるのは、日本でここぐらいしかないという。案内してくださった方の話では、「隠したってどうせ差別する奴はいるんだから、それなら堂々と見せて理解を求めた方がいい」とのこと。

 以前、ある翻訳小説で「屠殺場みたいな惨劇」という表現を使って問題になったそうだ。悲鳴が上がり血しぶきが飛び散る残虐なビジュアルを想像してるんだろうが、実際の映像を見ると、「惨劇」とはほど遠いものであることがよく分かる。すごく清潔でシステム化された作業なのだ。

 牛の場合、額に棒状の銃みたいなものを当て、パンと撃つとこてんとひっくり返る。まだ失神しているだけなので、この状態ですばやく喉を切り裂いて血を流し出す。豚の場合は炭酸ガスで酸欠にして失神させる。他のと場では電気ショックで失神させるらしい。 牛や豚は何が起きているかもわからず、恐怖も痛みも感じない。「世間では『ドナドナ』みたいなイメージがあるのかもしれませんが、実際は牛や豚は死を予感してなんていません」とのこと。

 その後の解体作業が、まさに職人芸。皮を剥いでゆく手つきにも惚れ惚れしたが、最も感心したのが枝肉を作る作業。血を抜き皮を剥いで内臓を取り除いた後の牛を、さかさまにぶら下げ、大きなチェーンソーのようなもので股から首までまっぷたつにしてゆくのだ。背骨が正確に切断されるのには感動する。

 この芝浦と場では、牛は一日に最大四三〇頭、豚は一〇〇〇頭以上も処理されている。僕らがお肉を食べられるのは、こうした人たちの毎日の努力のおかげなのだ。

 にもかかわらず、彼らを蔑視する者が、現代にも大勢いる。

「お肉の情報館」には、東京食肉市場に送られてきた差別文書の実物も展示されている。汚い言葉を並べたてたおぞましい内容に驚く。犯人は二〇〇三年から二〇〇四年にかけて、東京食肉市場を皮切りに、部落開放同盟、ハンセン病患者、在日韓国・朝鮮人などに、罵倒や脅迫の文書を四〇〇通以上も送りつけた。部落解放同盟員の名前を騙って高額商品を注文するという嫌がらせもやった。

 逮捕された犯人は、東京に住む三〇代のニートだった。なかなか就職できなくてストレスがたまっていたらしい。自分が劣等感に苛まれているから、他人を罵倒することでうっぷんを晴らしてたのだろうか。でも、自分も肉を食うだろうに、と場の人たちを蔑視するという心理が、僕にはわからない。彼らがいないと、僕たちは肉を食べられないんだよ?

 犯人は脅迫罪や名誉毀損罪で懲役二年の実刑判決を受けた。

 ちなみに、そいつがどうして捕まったかというと、市役所の食堂で差別文書を書いていたのを職員に目撃されたからだそうだ(笑)。

 差別をなくす有効の手段のひとつは、「こういうことをやる奴はバカ」というのを、世間に知らしめることじゃないかと思う。

 差別をする者はたいてい、自分の行為が間違っていると思っていない。むしろ、タブーに挑戦する自分をかっこいいと感じ、酔っているふしがある。だが、実際は無知で、頭が悪い。この男も、と場の実態などまったく知らず、勝手に妄想をめぐらせて嫌悪していたらしい。

 そんな思いこみは打破する必要がある。だから、こういう問題をタブーにするのは間違いだ。メディアでおおっぴらに語れるようにして、正しい知識をもっと広めないと、同様のバカはいくらでも現われる。差別や偏見というのは、たいていの場合、無知に起因するのだから。