うえお久光『紫色のクオリア』

うえお久光紫色のクオリア』(電撃文庫

 京都SFフェスティバルで会った『本の雑誌』の編集さんが絶賛していたので、興味を抱いて読んでみた。

 いや、これは確かにすごい作品だ。

 語り手の女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりと、「学校の廊下の曲がり角でぶつかった拍子にキスをしてしまう」という、ものすごくベタなきっかけで親しくなる。

 ゆかりは不思議な少女だった。彼女の紫色の目には、自分以外のすべての人間がロボットに見えるのだ。

 彼女にしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものであるらしい。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すっごいドリルを持っている」とか。ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだという。

 ゆかりには人間とロボットの区別がつかない。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見える。

 彼女はその能力で、警察に協力している。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのだろうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのだ。

 しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではない。(ネタバレになるので詳述は避けるが)彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのだ……。

 じゃあ、ゆかりがその能力を使って敵と戦う異能力バトルものなのかというと、それも違う。そんな雰囲気があったのは第1話だけで、2話からは量子力学人間原理を応用したパラレルワールドものになってしまうのだ。

 これがものすごい。

 おそらくグレッグ・イーガンの『宇宙消失』あたりにインスパイアされたのだろう。古いSFファンなら、平井和正の「次元を駆ける恋」や、アルフレッド・ベスターの「マホメッドを殺した男たち」あたりを連想するかもしれない。(ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル)

 しかし、話のスケールが桁違いだ。

 ゆかりから授けられた能力をフルに駆使して、彼女を死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させてゆく。

 ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がる。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。まさにセンス・オブ・ワンダー

 まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!

 しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳む気なんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんだからたまらない。

 来年の星雲賞日本長編部門有力候補だと思う。マジで。