山本弘をめぐるデマ(3)

 mixiでも何度かあった。たとえば、『トンデモ本の世界』の中に「菜食主義より肉食のほうが栄養バランス的に合理的」と書かれている、と言っていた人がいた。やはり、そんなことはどこにも書かれていないのだが。  メールでもたまに来る。たとえば3年前に来たメールは、僕の本のどれかに「重い物体は軽い物体よりも引力が強く働くので早く落ちる」と書いてあったと主張していて、それについて質問してきた。僕がそんな非科学的なことを書くわけがないのだが。  多いのはやはり2ちゃんねるである。原文を正しく引用しているものはいいのだが、誰かが記憶に基づいて「山本弘はこう書いていた」「こう言っていた」と書いた場合、かなり高い確率で間違っているのである。そんなこと書いてなかったり、あるいは、近いことは書いているが意味がぜんぜん違ってたり。  たとえば、僕が「『妖魔夜行』やその他の小説では旧日本軍が南京で酷いことをした、朝鮮人従軍慰安婦に対してひどいことをした、などといった捏造話をしつこく記載している」と批判していた奴がいる。  僕は『神は沈黙せず』で南京大虐殺についてかなりページを割いたが、『妖魔夜行』では取り上げていない。唯一、「魔獣めざめる」で、ちらっと「南京大虐殺」という単語が出てくるだけだ。そもそも、「魔獣めざめる」の主要な題材は昭和20年3月10日の東京大空襲──アメリカ軍による日本人大虐殺なのである。空襲で愛する人を殺された妖怪が現代によみがえり、アメリカに復讐しようとする話なのだ。  従軍慰安婦に至っては、『妖魔夜行』でも他の小説でも、一度も取り上げたことがない。「しつこく記載している」と言うのなら、どの本の何ページなのか言っていただきたいものだ。  また、これは僕だけではなく時雨沢恵一氏を貶めるデマなのだが、こんなのがあった。 時雨沢恵一はギャラクシー・トリッパー美葉をパクってキノの旅を書いたんだぞ 弘が時雨沢を締めたらしぐれ沢がビビって謝ったので弘は太っ腹なところを見せて受け入れた トンデモだ!ちがう、これはSFだ!とかいう本より  僕が『キノの旅』と『美葉』の関係について触れているのは、『トンデモ本? 違う、SFだ! RETURNS』(これが正しいタイトル。書名からして間違いまくってる(笑))の178〜180ページ、「パクリはどこまで許される?――あの名作の元ネタはこれだ!」という項の終わり近くの一部である。正しく引用しよう。
 最後に、個人的に大変に感激したエピソードを紹介したい。  時雨沢恵一キノの旅』(電撃文庫・〇〇年)という小説がある。主人公のキノが、喋るモトラド(バイク)のエルメスと世界を旅して、様々な国を訪れるという寓話的な作品。けっこう人気があり、アニメにもなった。  この小説を読んだ時、「なんだか『美葉』みたいな話だな」と感じた。『ギャラクシー・トリッパー美葉』(角川スニーカー文庫・九二年)は僕の小説。ヒロインが喋る巡航ミサイルのルーくんにまたがって宇宙を放浪し、いろんな変な異星人の住む惑星を訪れるというコメディだ。もっとも、『キノの旅』との類似は偶然の一致だろうと思っていた。  だもんで、二〇〇五年の秋に初めて時雨沢氏とお会いした時に、「『サイバーナイト』とか大好きでした」と言われて仰天したもんである。 「『美葉』も読んでました。だからエルメスが喋るのはルーくんの影響なんです」  そ、そうだったのかーっ!? エルメスの元ネタはルーくんか! まさか本当にそうだったとは思わなかったよ。  もちろん、これはパクリなんかではない。読み比べてみれば分かるが、『キノの旅』は『美葉』とモチーフが似ているだけで、まったく違う作品である。それどころか、僕は自分の作品の影響を受けた若い作家がデビューし、素晴らしい作品を書いてくれたことを誇りに思う。作家として、こんなに嬉しいことはない。  さらに言うなら、『美葉』だって僕の独創ではない。主人公のキャラクターは吾妻ひでお『スクラップ学園』(153ページ参照)に大きな影響を受けているし、地球人が宇宙を放浪して変な異星人と出会うというモチーフは、ダグラス・アダムス銀河ヒッチハイク・ガイド』(41ページ参照)がヒントだ。
 僕ははっきり「もちろん、これはパクリなんかではない」と言っているのだが、なぜこれがパクリだということにされるのだろうか? もちろん僕が時雨沢氏を締めたとか、時雨沢氏が謝罪したなんて事実もない(パクリじゃないんだから当然である)。  だから今度から、「時雨沢は山本からパクった」とか言う奴がいたら、遠慮なしに「バカ」と言ってやってほしい。「そんなことどこにも書いてねーよ、てめーの妄想だろ、バカ」と。  ちなみにこの「パクリはどこまで許される?」という文章の冒頭で、僕は「2ちゃんねるは役に立たん!」「ほとんどの発言者が記憶と思いこみと悪意だけで書き殴っているために、ガセネタ、間違い、捏造があまりにも多いのである」と書いている。特に筒井康隆氏のパクリ疑惑に関しては、そのすべてが、ネタ元とされる作品より筒井氏の執筆時期の方が先だった(唯一の例外は、本人が盗用を認めて謝罪・封印した短編「邪学法廷」だが、逆に、筒井氏を批判する2ちゃんねらーは誰もそれを読んでいないようだった)。  その文章がまた2ちゃんねるで歪曲され、新たなパクリ冤罪事件が生まれているのだから、まったく処置なしである。  改めて言う。2ちゃんねるは役に立たん!