『冷たい方程式』

トム・ゴドウィン他『冷たい方程式』(ハヤカワ文庫)

 SFアンソロジー。以前にもハヤカワ文庫で同じタイトルのアンソロジーが出ていたが、今回は前のものとは二編しか重複していない。

 オビには「初心者に最適なSF入門書」とあるが、まさにその通りで、ユーモア、サスペンス、パロディ、ほのぼのした話や泣ける話など、様々なパターンが集められていて、これ一冊でSFというジャンルの幅広さが分かる仕組み。

 印象に残った作品をいくつか。

トム・ゴドウィン「冷たい方程式」

 辺境の惑星に血清を届けるために発進したEDS(緊急発進艇)。その倉庫には、兄に会いたくて軽い気持ちで密航した若い娘が潜んでいた。だが、EDSにはぎりぎりの燃料しか搭載されていない。彼女の体重の分だけ質量が増加すれば、減速の燃料が足りなくなって墜落してしまうのだ……。

 海外のSF界では「五大名作短編」のひとつに数えられている不朽の名作(他の四本は、アシモフ「夜来たる」、ブラッドベリ「雷のような音」、クラーク「星」、キイス「アルジャーノンに花束を」)。日本のSF界にも大きな影響を与え、多くのパロディや類似作品が書かれて、「方程式もの」というジャンルを生み出した。

 前に『トンデモ本? 違う、SFだ!』でも書いたけど、ゴドウィンはほとんどこの一作でしか知られていない作家。訳者の解説によれば、本国では「ゴドウィンにあんな話が書けるはずがない」とやっかまれ(笑)、編集長のジョン・W・キャンベルの影響が大きかったとか、先行する元ネタがあったとか言われているとか。

 まあ、成立の経緯はどうであれ、「冷たい方程式」が名作であることは間違いないのだけど。

●C・L・コットレル「危険! 幼児逃亡中」

 ある街から市民が退避されられる。軍が追っているのは、政府の施設を脱走して街に潜入した八歳の少女ジル。彼女はとてつもない超能力を持つ危険な存在だったのだ。

『MM9』第二話「危険! 少女逃亡中」の元ネタになった作品。好きなんだよなー、この話。全編にあふれる緊張感がたまらない。

 こういう話では子供は被害者として描かれるものだが、この作品では逆に、強大な力を持ちながら自制のきかない無邪気な子供の恐ろしさが描かれる。

『MM9』と読み比べていただければ、類似点と相違点がよく分かると思う。キングの『ファイアスターター』の元ネタではないかとも言われているとか。なるほど。

ロバート・シェクリイ「徘徊許可証」

 犯罪のない平和な惑星ニュー・デラウェア。二百年ぶりに地球との通信が復活し、新たに地球帝国に組み入れられることになった。しかし、地球の文化には犯罪が不可欠と言われている。漁師のトムは、市長から《徘徊許可証》を与えられて犯罪者に任命され、窃盗と殺人を行なうよう命じられる。

 シェクリイお得意の、価値観のひっくり返った世界を舞台にしたコメディ。他にも「生贄降臨」「怪物」とかがこのパターンの話だ。

 ああ、でもシェクリイには他にも傑作短編が山ほどあるんだよ! 「危険の報酬」は今読んでもちっとも古くない話だし、「幽霊第五惑星」「救命艇の反乱」「ラクシアの鍵」などの〈AAAエース惑星浄化サービス〉シリーズも面白い。他にも「天職」「悪魔たち」「千日手」「ポテンシャル」「思考の香り」……。

 ああっ、シェクリイのオリジナル短編集、作りたい! 僕に選者やらせて!

 

●ジョン・クリストファー「ランデブー」

 妻の急死で悲しみに沈んでいた私は、休暇旅行の帰りの船上で、シンシアという老女と知り合う。シンシアは自分が飛行機に決して乗らない理由を打ち明ける。

 途中まで読んで、前に読んだ話だったのを思い出した。このオチはよく覚えてる。呪いという題材はホラーだが、このひねくれた発想はまさにSF。

 単なるオチ話になりかねないところを、主人公の心情を重ね合わせることで、ちょっといい話に仕上げている。

アイザック・アシモフ「信念」

 大学教授のトゥーミィは、ある夢を見たのがきっかけで、空中浮揚の能力に目覚める。この能力を研究してもらおうと科学者に手紙を送るが、誰も信じてくれない。彼は戦術を変えることにした。

 科学者に超常現象の存在をいかに認めさせるか、という話。ストーリーはたいしたことはないんだけど、ハインラインやヴァン・ヴォクトならともかく、がちがちの懐疑論者だったアシモフがこういうものを書くというのがおかしい。

 訳者の解説によれば、作中に登場する頭の固い主流派科学者のモデルは、ライナス・ポーリングだとのこと。へー。

●クリフォード・D・シマック「ハウ=2」

 ゴードン・ナイトは、ハウ=2セット社から組立式のロボット犬を通販で買った。だが、届いたのはまだ発売されていない新型ロボット。アルバートと名乗るそのロボットは、ナイトに奉仕するため、あり合わせの材料を使って次々に新しいロボットを作る。だが、それがハウ=2社にバレてしまい、裁判沙汰に発展する。

 確かに前に読んだ話なのに、筋をすっかり忘れていた。若い頃に読んだ時は、結末の意味がよく分かってなかったんじゃないかという気がする。これ、よく考えると、ハッピーエンドじゃないんだよなあ。

 どうでもいいけど、アルバートを美少女ロボットに変えたら、このまんまラノベになるんじゃないかと思ってしまった(笑)。