「アルジャーノンに花束を」は駄作になるところだった!

 今月号の〈SFマガジン〉はダニエル・キイス追悼特集。キイスをめぐるいろいろな記事が載ってるんだけど、中でも興味深かったのは、長編版『アルジャーノンに花束を』(早川書房)の訳者の小尾芙佐さんが紹介している話。最初に中編版の「アルジャーノンに花束を」が書かれた時のエピソードである。

> 作品を書き上げたとき、まず読んでくれた親友フィル・クラスの「これはまちがいなく古典になる」という言葉に自信を得て、これを〈ギャラクシイ〉誌にもっていった。ところが編集長のゴールドから手直しを迫られた。「結末がうちの読者には暗すぎる。チャーリィは超天才のままアリス・キニアンと結婚する。そして幸せに暮らす」こういう結末にすれば掲載しようという彼の言葉にキイスさんは愕然とし、黙ってその場を立ち去った。(後略)

 えええええーっ!

 H・L・ゴールドって有名な編集者だけど、そんなマヌケなこと言ってたのか! そんなことしたら、あの名作が台無しになっちゃうだろ!

 キイスが親友のフィル・クラス(SF作家のウィリアム・テン)にこのことを話すと、「もしきみが結末を変えようなんて気を起こしたら、おれはきみの両脚をバットでたたき折ってみせる」と言われた。 その言葉に勇気づけられたキイス、今度は〈F&SF〉誌に送って採用された。

 同誌1959年4月号に掲載された中編版「アルジャーノンに花束を」は、1961年2月号の〈SFマガジン〉に稲葉明雄氏の訳で掲載され、日本でも知られるようになる。

 その後、キイスはこれに加筆して長編にするのだが、「またもやハッピー・エンドを要求する編集者に拒絶された。そしてさらに大手出版社二社にも断られ、追い打ちをかけるように別の出版社からも拒絶の手紙が送られてくる」という有様。キイスの絶望、いかばかりか。

 その後、ハーコート・ブレイス&ワールド社の編集者に認められて、ようやく出版されるのである。

アンネの日記』や『ハリー・ポッターと賢者の石』にも、「こんなものは受けない」といくつもの出版社に断られたという話があるけど、世の中には見る目のない編集者というのが、けっこういるものらしい。

 僕の場合、幸いにも、「結末を変えろ」などと言われたことは一度もないんだけど……。

 もしかしたら、世の中には、編集者の理不尽な要求通りに作者が書き換えてしまって、駄作になってしまった作品がけっこうあるのかもしれない。