『去年はいい年になるだろう』



 2001年9月11日。同時多発テロは起こらなかった。  24世紀の未来からやって来た500万体のロボット集団〈ガーディアン〉が地球に降り立ったのだ。彼らは歴史を改変するため、圧倒的な科学力で全世界の軍備を解体するとともに、未来の知識を利用してテロや犯罪や事故を未然に防止しはじめた。  SF作家・山本弘の仕事場にも、カイラ211と名乗る美少女アンドロイドがやってくる。人間を保護する本能をプログラムされている彼らの究極の目標は、「罪のない者が傷つけられることのない世界」だった。  だが、善意と理想に根ざしたその行動は、世界に思わぬ悲劇をもたらす……。 「作者自身を主人公にしたSF」と言うと、ふざけてんじゃねーのと思われるかもしれませんが、これは大真面目な小説です。  そもそもSF作家が自分を主人公に小説を書くというのは、そんなに独創的な案ではありません。日本では「レモン月夜の宇宙船」をはじめとする野田昌宏氏の短編群がありますし、小松左京氏、筒井康隆氏、豊田有恒氏などにも、作者自身、あるいは明らかに作者がモデルのキャラクターが主人公という作品がけっこうあります(平井和正氏の「星新一氏の内的宇宙」というショートショートは、特にお気に入りです)。海外作家では、オーソン・スコット・カードの『消えた少年たち』が有名です。  この小説でその手法を使おうと決心したのは、この物語は政治家でも科学者でもない一市民の目から描くべきだと考えたからです。全世界を巻きこむような大事件だからこそ、「世界」「人類」という大局的なスケールだけで語ってはいけない。巨大な歴史の波に押し流される不条理さは、むしろ歴史の底辺にいる者の視点から描くべきだ、と。  その主人公としていちばんぴったりだったのが、僕自身だったわけです。  企画が通るとすぐ、知り合いや作家仲間や編集者に片っ端からメールを出し、作中への出演の許諾をお願いしました。僕が主人公である以上、僕の周囲の人たちも出てこないと不自然だからです。  返ってきた返事は六〇通以上! まさにうれしい悲鳴です。さすがに全員にご出演いただくのは無理でしたが、なるべく多くの方の出番を作ったつもりです。と学会のメンバーはもちろん、松尾貴史氏、安田均氏、友野詳氏、はぬまあん氏、小川一水氏などなど、有名人もけっこう出てきます。  多くのアイデアもご提供いただきました。特に葛西伸哉氏からのご指摘は、物語の根幹の部分に取り入れさせていただいています。  他にも、「『ネットランナー』の付録」「新人声優の色紙」「岡田斗司夫がベストセラー」といったギャグも、ご協力いただいたみなさんからご提案いただいたものです。多くの方からのアイデアを取り入れて一本の話を作るというのは、昔やっていた『ソード・ワールドRPGアドベンチャー』を思い出して、楽しい体験でした。  これは多くの方の協力がなければ完成しなかった小説です。  ストーリー自体は、僕の小説には珍しく、かなりネガティヴです。でも、決して陰鬱なだけの話ではありません。随所にギャグがこまめに入っていますし、クライマックスにはスペクタクルもあります。  個人的には、2001年の僕が、「水色の髪のチャイカ」『アイの物語』『サーラの冒険』5〜6巻などの、未来の自分の作品の感想を自分で語っている部分が、恥ずかしいやら楽しいやら(笑)。一部、読者を置いてけぼりにして、作者だけが楽しんでるところがありますけどね。  なかば私小説みたいな話ではありますが、多くの方にお楽しみいただければ幸いです。